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ワイプ No.890

ここ数年、地上波のテレビをほとんど見なくなった。BS、CSといった衛星放送の充実や、インターネット動画の普及が大きな理由だが、これでもかと映し出される「ワイプ」や「テロップ」にうんざりしたせいもある。

「ワイプ」とは、「wipe=(汚れなど)を拭き取る」が語源で、画面片隅の斜め上下左右から画面を丸形・三角形・ひし形など様々な形に拭き取るように切り替えて次画面を映す映像技術のこと。昨今では、画面の片隅に別の映像を表示する「コーナーワイプ」の事を指すことが多い。バラエティ番組などでVTR中にスタジオにいる人たちを映す、あの小窓のことだ。

ワイプの歴史は古く、1970年代から使われるようになったとされるが、現在のような形の基(もと)となったのは日本テレビの『世界まる見え!テレビ特捜部』(1990年7月~)が始まりといわれている。同番組は世界各国の話題の番組や映像を紹介するバラエティだが、あるドキュメンタリーを取り上げた回でどうしても時間が足りなくなり、苦肉の策として画面に小窓を作り、出演者の表情やコメントを差し込んだ。これが思いのほか好評だったことで、その後、数多くの番組で使われるようになった。

当初は邪魔にならないところに入れていたようだが、最近の番組を見ると、あらゆるシーンでワイプが現われ、出演者も「ワイプ芸」と呼ばれる、わざとらしい過剰なリアクションをするようになっている。まるで視聴者に笑う場面、泣く場面を指示するかのようだ。いつの間にか、ワイプの目的が番組の意図に沿って視聴者の感情を誘導する役割に替わってしまった。

テロップにも同様のことがいえる。字幕放送でもないのに出演者の発言をいちいち画面に表示する。中には、演出として巧みなものもあるが、ほとんどは必要ないものばかりで、酷かったのは、映画の中でこの先のストーリーを暗示するテロップが流れたこと。これには怒りを通り越してもはや呆れるほかなかった。

過剰なワイプ、テロップは想像する楽しみをも奪ってしまう。あらゆる事に対して丁寧すぎるほど説明がされている現代日本。感性や生活スタイルまでもが、知らないうちに受動的になっているのかもしれない。

自ら「感じる」「想像する」「考える」という人間の本能を忘れないでいたいものだ。