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祭の季節に No.868

小さなものまで含めると、日本には約31万の「祭り」があるそうだ(=お祭り研究家・山本哲也氏)。その土地々々、季節々々で多くの祭りがあるが、俳句の世界では「祭り」は夏の季語になる。夏は疫病が発生しやすいため、それをもたらす元凶である怨霊を、鎮めたり追い祓ったりする夏の行事が「祭り」とされた。

それなのに、まだ新緑の季節のいま、各地で祭りが多い。例えば京都では、アクロバティックな駈け馬神事で知られる藤森祭や、西陣機業地の祭礼・今宮祭、縁結びで知られる地主神社の地主祭、悪縁を切り良縁を結ぶ安井金毘羅宮の春季大祭はすでに10日までに終わったが、13日には松尾大社の還幸祭、15日は京都三大祭りの一つ・葵祭、18日は上御霊神社の御霊祭、20日は嵐山で嵯峨祭、三船祭、元祇園梛神社の神幸祭、さらに29日は鞍馬寺の五月満月祭など、5月は祭りが目白押しである。なぜなら、旧暦では卯月(4月)、皐月(5月)、水無月(6月)は「夏」だからだ。

「まつり」は「祀(まつ)る」の名詞形で、本来は神を祀ること、またはその儀式を指し、人々がそうした儀式に参加することも「まつり」とされる。目的は五穀豊穣、大漁追福、疫病退散、天下泰平の祈願や、それらの願いが成就したことへの感謝である。

しかし ――。時代の変化は、祭りに変質を迫る。いわゆる「ムラ社会」の崩壊が、コミュニティの核になっていた「祭り」への関心を薄れさせ、また若年世代の減少が、祭りの精神的象徴でもある「神輿」の担ぎ手の減少をもたらせた。その結果、「祭り」はいまやほとんどの日本人にとって、自身が何らかの形で参加するより、群衆の中の一人として観て楽しむだけの対象になってしまった。

果たしてそれでよいのか?―― という青臭い書生論を口にすることを躊躇わないわけではない。ただ、次の事実は知っておくべきではないか。阪神淡路大震災では多数の圧死者が出たが、地域によって、生き埋めになった生存者をその日のうちに救出できた地区と、できなかった地区があった。その違いが生じた理由を訊かれて、自治体の幹部が答えた。「簡単です。その地域に(昔からの)祭りがあったか、否かです」

政治学者・五百旗頭真(いきおべ・まこと)氏は書く。「血の通ったコミュニティであるか否かが、生死を分かつ要因なのである」(著書「大災害の時代 未来の国難に備えて」)

祭りを、ただ観ているだけでなく、みんなで「神輿」を担ぐ社会でありたい。