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ノートルダム大聖堂 No.911

ノートルダム大聖堂が燃えている。4月16日の朝、ニュースで大聖堂が炎に包まれている光景を見て驚いた人も多いだろう。空にそびえ建つ尖塔が崩れ落ちる様を目の当たりにして、パリ市民のみならず、ライブ映像を見ていた世界中の人々が嘆き悲しんだ。

ノートルダム大聖堂はフランスの首都、パリのシテ島に建つ聖母マリアに捧げられたカトリック教会で、ゴシック建築を代表する荘厳な建物。バラ窓と呼ばれる美しいステンドグラスで有名なパリを代表する観光名所でもある。セーヌ河岸から眺める景観もすばらしく、世界遺産にも登録されている。

約7割がカトリックを信仰するフランス人にとって、ノートルダム大聖堂は精神的支えであり、宗教が違ったとしても、パリに住み大聖堂を眺めて暮らしていた人々にとって大切な場所であっただろう。ただ1度訪れただけの観光客であっても、特別に感じていた人は多いはずだ。

わたしたちは、今まで大災害や人的ミス、そしてテロなどで建物や自然が失われるのをたくさん見てきた。形あるものはいつかなくなる時がくるとわかっているはずなのに、いつまでたっても突然の出来事に慣れることができない。

同じ日、熊本地震の本震から3年を迎えた。地震で大きな被害をうけた熊本城は、被災当時、石垣が崩れ、飯田丸五階櫓を支えるのは隅石1本のみという危機的状況に陥っていた。いまにも崩れそうな城を見て、熊本城を仰ぎ見て日々暮らしていた熊本市民はどれほど不安な思いだっただろうか。その後、天守閣には鉄骨が組まれ、クレーンを導入し復旧作業が開始されたが、3年たったいま1階を除く外壁と石垣の修復作業が完了、10月には広場の規制が解除され天守閣を間近で見ることができるようになるそうだ。熊本地震の復興のシンボルともなった熊本城が復旧していく姿は、復興に取り組む被災者の方々を元気づけてくれるに違いない。

いつもそこに在ったものが無くなってしまう時の喪失感は計り知れない。が、終わりは新たな始まりでもある。ノートルダム大聖堂の修復はたいへんな作業になると予想されるが、マクロン大統領は5年以内にさらに美しく再建すると表明。多額の寄付も寄せられ、早くも再建への動きが始まっているようだ。

悲劇が希望に変わり、再び聖堂の鐘が鳴る日が来るのを願ってやまない。