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「おもいで」 No.829

♪ あなたと歩いたあの道に/夜霧が冷たく流れてた …… 布施明が1966年に歌ってヒットし、彼をスターダムに引き上げるきっかけになった「おもいで」(水島哲作詞)。しかし、この歌を1961年に最初に歌い世に送り出したのは作曲者自身の平尾昌晃だ。

高校を中退し地元のジャズ喫茶で歌っていた平尾は、スカウトされて1958年にプロデビュー。山下敬次郎、ミッキー・カーチスと並ぶロカビリー歌手として爆発的人気を博した。その後ロカビリー・ブームの先を読み歌謡曲に転向、「星は何でも知っている」(1958年)、「ミヨチャン」(1959年)もそれぞれ100万枚の大ヒットを記録した。

だが、後が続かなかった。そのうえ、人気が陰り始めていた1965年、旅行先のハワイから拳銃を持ち帰ったことで逮捕。釈放後は人目を避けて実家に戻り、知人のレストランで皿洗いの手伝いをしていた。そんな時のことだ。北海道のファンから葉書が届いた。「『おもいで』の曲で再起なさるのですか? 楽しみにしています」

その日から、同様のファンレターが届き始めた。不思議に思い調べると、少し前、札幌のラジオ局が平尾が昔歌っていた「おもいで」を「名曲」として取り上げたのがきっかけでリクエストが殺到、ついにはヒットチャート1位にまでなっていたのだ。

そこから新しい歴史が始まった。レコード会社から「お会いしたい」と連絡があった。再出発の誘いかと期待しながら座った応接室で、しかし平尾はこう言われた。「あなたの曲『おもいで』を、いま売り出し中の新人・布施明に譲ってくれませんか?」

「おもいで」は、たしかに平尾にとってはほとんど売れずに終わった歌だ。とはいえ、持ち歌を新人歌手に譲れとは、言い換えれば自分の歌手生命のピリオドを宣告されたのと同じこと。茫然とする平尾に、レコード会社のディレクターは続けた。「でも、『おもいで』をただ譲ってほしいというのではありません。あなたには、布施がこれから歌う曲を作っていただきたい。一緒に仕事してほしいんです。いかがですか?」(平尾昌晃著「気まま人生 歌の旅」「不死鳥のメロディー」から抜粋、要約)

結局、平尾はその後「草原の輝き」(アグネス・チャン)、「二人でお酒を」(梓みちよ)、「よこはま・たそがれ」(五木ひろし)、「恋のしずく」(伊東ゆかり)、「瀬戸の花嫁」(小柳ルミ子)、「うそ」(中条きよし)等々約1500曲を遺し、先日21日旅立った。

人生を諦めてはならないこと、道は1本とは限らないことを、彼の79年間は教える。 >