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“折る刃” No.915

新聞や雑誌を切り抜いてスクラップするのが日課だ。カッターをスライドし一定の間隔で刃が出てくる度に、あのカチカチと聞きなれた音がする。

先日何とはなしに、カッターに印された「OLFA(オルファ)」のロゴの下にJAPANと記されているのが目に留まった。OLFAという社名から見て海外のメーカーだと思い込んでいたが、設計、開発から製造まで国内で行っている日本企業で、それどころか古い刃先を折ることで常に新しい刃先が使用できるという方式のカッターナイフを発明したのがOLFAなのだ。社名の由来は、刃を折るの“折る刃”からきている。

ホームページによると、創業者である岡田良男氏は、自身が印刷会社に勤めていた頃、紙を切る際カミソリの刃をつまんで使用していた。だが、危ない上に切れ味が悪くなれば捨てるしかないのでもったいない。ある時彼は、靴職人が靴の底を削るのにガラスの破片を刃物として代用し、切れが悪くなると、そのガラスを割って使い続けている姿に着目。それを見て、敗戦後、進駐軍の兵隊たちが食べていた板チョコが脳裏に浮かんだ。靴職人のガラス片と割れる板チョコ。刃がポキポキと容易に折れ、何回でも切れが衰えない状態で使えるカッターは、こうした身近なものがヒントになっていたのだ。

彼は仕事の後、試作品作りに取り組み、ついに1956年世界初の刃が折れるカッターを創り上げた。その後特許を取得したものの、刃先が折れる仕様は当時の人には斬新にうつったのか大手メーカーには見向きもされなかった。しかし彼は諦めず、小さな町工場を頼りに自力で商品化を目指し、苦労の末“折る刃式カッターナイフ”を誕生させた。

特筆すべきは、開発された時にすでに刃の長さや大きさ、角度、折れる刃の線の深さやピッチなど、現在のカッターとほとんど変わらない完成型として誕生したこと。そして、いまやOLFAの刃の規格がそのまま世界基準となり、世界中で広く使われる工具のひとつとなっている。

トレードマークの黄色は道具箱の中でも目立つように、またカチカチと音が鳴ることで、使う人が刃を出し過ぎないように認識できるよう配慮がなされている。ひとつひとつ細部まで考えぬかれ、試行錯誤の末に誕生し世界のスタンダードになったカッター。

自身のひらめきを形にしたい。その思いを成し遂げるための並々ならぬ熱意や努力が、この小さな道具には詰まっている。

夏枯草 No.916

四季があるのは、地球が地軸を23.4℃傾けた状態で太陽の周りを1年かけて1周しているためだ。夏は太陽の位置が他の季節より高くなり、地表が太陽エネルギーをたくさん浴びるため暑くなり、冬はその逆になるので寒くなる。とりわけ日本は北緯24~45°に位置し、シベリア気団、オホーツク海気団、小笠原気団、揚子江気団など主要気団の影響を受けやすいため、より豊かな四季の変化を感じることができる。

春夏秋冬の四季は、12カ月をさらに半分にした二十四節気に分けられる。今年は6月22日が夏至。さらに7月7日に小暑、23日に大暑となって夏本番を迎える。

しかし日本の季節は、さらに細かく表現される。二十四の節気をそれぞれ三分割した七十二候の存在である。七十二候は二十四節気と同様、古代中国で考えられたとされるが、二十四節気は当時の定義が現在もそのまま使われているのに対し、七十二候は日本の気候風土に合わせてアレンジされ、江戸時代に「本朝七十二候」が、明治時代にさらに改訂された「略本暦」が考案され、現在も使われている。

2019年の七十二候は1月6日「芹乃栄(せりすなわちさかう)=芹が盛んに育つ頃」、10日「水泉動(しみずあたたかをふくむ)=地中で凍っていた和泉が動き始める頃」に始まり、6月22日「乃東枯(なつかれくさかるる)=夏枯草(かこそう)が枯れ始める」、27日「菖蒲華(菖蒲花咲く)=菖蒲(あやめ)が咲き始める」、7月2日「半夏生(烏柄杓(はんげしょうからすびしゃく)の花生ず)=田植えを終える季節」などと続いているが、中でもちょっと面白いのは「乃東枯」だ。

日本はいま、植物が次から次へと花を咲かせ、1年で最も彩り豊かな季節だ。

ところがそんな中、前年の暮れ近くから咲いていた花期をそろそろ終え、これから枯れて行こうとする珍しい花がある。それが、小さな紫の花を密集して付けるシソ科の正式名称「ウツボグサ」、俗に「夏枯草」と呼ばれる。「ウツボ」は、小さな花穂が、武士が弓矢を入れて背負った道具「靫(うつぼ)」に似ていることに由来する。

と言われても、よほど趣味の方でなければご存知ではない野草というより雑草の花なのだが、ネットか何かで写真を確かめたうえで、改めて自宅付近や通勤路の足元を気にして見てみると、「ああ、この花か」と気付く諸兄も少なくないはずだ。

足元の小さな花の変化を見逃さず、七十二候に「及東枯」と加えて季節感を汲み取ってきた繊細な感受性を、現代の私たちも、失ってはならないと思う。