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苦悩の果てに No.917

国内メジャーの日本プロゴルフ選手権で、3季ぶりとなる復活優勝を飾ったプロゴルファーの石川遼が、これまで思うように結果を残せなかった苦悩について、優勝会見で語っていた。「(3年間)そんなに経っていたんですね。18ホール回って、必ず自分自身に向き合って感じたこととか、単純によくするためにどうしたらいいかを考えたりノートに書いたりするけど、それをやりたくないと思う日もある。それから逃げるのは簡単だけど、逃げないことで見えてくることもある」。

17年には5年間戦ってきた米ツアーから撤退。昨年から国内ツアーに専念し、何度か優勝争いに加わったが、なかなか栄冠には届かなかった。しかし決して腐らず、地道な挑戦を続けたことで石川遼の顔に久々に笑顔が見られた。

この会見を聞きながら、今年3月に現役を引退したイチローの名言を思い出した。「苦悩というものは、前進したいって思いがあって、それを乗り越えられる可能性のある人にしか訪れない。だから、苦悩とは飛翔なんです」。メジャーリーグの第一線で脚光を浴び続けてきたイチローも、幾度となく苦しい日々を過ごしてきたが、それから逃げることなく正面から対峙し、必死になって乗り越えてきたことで数々の偉業を達成してきた。

物事が思うように進まないと、私たちはそこに目に見えない大きな「壁」を感じる。壁を前に不安を覚え、自分の限界を感じてもがき苦しむ。まさに苦悩だ。しかしイチローの言うように、壁を乗り越えたいという強い思いがあるから挑戦し続けることが出来るのであり、「壁」を乗り越えることで伸びていくのだ。

ゴルフ界の大御所である青木功は、石川遼がプロになった際、「どんどん負けなさい」と言ったという。負ける経験からくる苦悩こそが、必ずや成長の糧になることを知っていたからだ。

負け続けながらも地道なトレーニングを積んできた石川遼は「ただ練習するのではなくて、何をどのように練習していくのか。自分との向き合いかたは、この3年間で学んだこと」と続けた。

これはスポーツの世界に限定されることではない。苦悩の時間を前向きにとらえることが、飛翔するための助走になる。

思いやりのデザイン No.918

ユニバーサルデザイン(以下: UD)が身近なものとなって久しい。

改めて書くまでもないが、UDとは年齢、性別、国籍、文化、言語、能力、状況などに関わらず、様々な人々にとって利用しやすいように考えられたデザインを指す。よく混同されるバリアフリーとの相違は、障害の有無に関わらず、最初の段階から多くの人の利用を考慮しデザインされているところだ。

日々何気なく使用し、目にしている文字のフォント(書体)にもUDが採り入れられている。小さな文字が読みにくい高齢者、弱視やディスレクシアといった、文字の読み書きに困難がある人でも読みやすいように開発されたのが“UDフォント”である。

利用頻度が比較的高い明朝体は、見る人によっては細部が捉えにくかったり、文字の太さが均一ではなかったりするため、分かりにくい場合がある。また発達障害のある子どもは、明朝体のハネやハライなどの鋭利な部分を見てストレスを感じることもあるそうで、これでは勉強の妨げになってしまう。対してUDフォントは、濁点や文字の中にある隙間をはっきりとさせ、文字を正確に認識できるような工夫がなされている。

目下、UDフォントは2020年度から教科書への採用が決まっており、読み書きに困難がない子にとっても今までより読みやすいので、テストなどにおいて正答率が上がったという報告もある。読みやすいということが、いかに人々の理解を広げるのに大切なのか分かる。

薬品、食料品などの身近な商品のパッケージをはじめ、駅、車内などの公共機関で、どんな文字フォントが使われているか見回してみてほしい。至るところで、知りたい情報が見やすく、理解しやすい表示に変化を遂げていることに気付く。東京・世田谷区ではUDフォントの活用を進めており、今後自治体レベルでも“情報のUD化”は益々進んでいくだろう。

数々の広告デザインに携わってきた宮田識氏はこう話す。「普段から洗面台が汚れていたら拭く、靴が揃っていなかったら揃える。次の人が気持ちいい、その気持ちをデザインする時にも忘れない」と。

UDの意義とは分かりやすさの工夫もさることながら、根底に流れるのは、全ての垣根や違いを超えて人間が万国共通で交わすことのできる“思いやり”なのだ。

不便さの必要性 No.919

英国、老舗旅行会社のトーマス・クックが9月に約2200億円の負債を抱え破産を申請し、大きなニュースとなった。

同社の創業は1841年。禁酒論者トーマス・クックが酒に代わる娯楽として旅行を提案したのが始まり。安価な夜行列車や乗合馬車を利用して、多くの庶民をロンドン万博に運ぶ企画を成功させた。その後、海外旅行も手がけ、19世紀に近代ツーリズムを確立した。しかし、時代が変わり、新規参入のネット旅行会社に押されたことや、英国のEU離脱を巡り不透明な社会情勢になったこともあって旅行者が減少、従来型ビジネスモデルの崩壊につながっていった。

トーマス・クックといえば、ヨーロッパ鉄道時刻表を思い起こす。若い頃、トーマス・クックの時刻表を片手にユーレイルパスを使って欧州を巡った方もいるのではなかろうか。この時刻表は2013年に廃刊となってしまったが、その後元編集者たちが設立した会社が権利を継承し発行が再開されている。

時代の流れといえば、温室効果ガスを多く排出する飛行機の代わりに環境負荷の少ない鉄道で移動する運動「Flygskam」が、いま欧州や米国で広がっている。発祥の地はスウェーデン、現地の言葉「Flygskam」を直訳し、日本では「飛び恥」とよばれている。米・ニューヨークで9月に開催された国連気候行動サミッットで、16歳の環境保護活動家グレタ・トゥーンベリさんが登壇、気候変動問題への緊急対策を求め各国首脳に向け強く訴えかけ、世界の注目を集めた。その影響もあってか、わが国でも「飛び恥」運動はテレビ等で取り上げられ話題になった。

国連の気候変動に関する報告では、地球温暖化が現在のペースで続くと、2040年前後に世界の平均気温が英国で起こった18~19世紀の産業革命前より1.5度上昇する恐れがあるという。まさに、トーマス・クック創業前後の蒸気船や蒸気機関車といった交通革命を経て、現在の航空機種の大型化、路線、輸送量の増大に伴って温室効果ガスの排出量が飛躍的に増えたといわれる説と重なる。

あえて不便さの必要性が叫ばれるようになった矢先に、欧州を代表する旅行会社、トーマス・クックの破綻。残念な思いが去来すると同時に、なにかを暗示している出来事のような気がしてならない。