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タケノコ No.867

目には青葉 山ほととぎす 初鰹 (山口素堂) ―― 3~5月は、鰹が太平洋岸を黒潮に乗って北上する「上り鰹」の季節。秋の「下り鰹」と違い、脂身が少なくさっぱりした食感が喜ばれる。まさに「今が旬」の食材である。

さてその「旬」の字は、見ての通り「筍=タケノコ」が語源。1カ月を上旬・中旬・下旬と分けて呼ぶように、「旬」が約「10日間」という意味を持つのは、タケノコの食べ頃がほぼ10日間とされるからだ。

タケノコは、ツル性植物を除く被子植物では生長が最も早い。マダケやモウソウチクでは、芽を地上に出すまでは1日数㎝程度の生長なのに、芽を出してからは数十㎝、時には1m余も伸びる。ただし、生長は約40日で止まり、一定の長さまで伸びた後は何年経っても伸びないし、太くもならない。そもそも芽が地上に出るまでに節の構造は出来上がっているため、約60とされる節の数もそれ以上増えないのだ。

タケノコの生長が早いのは、①一般に植物は種子に蓄えた栄養で芽を出し、発芽後は光合成で栄養を自ら作りながら生長するが、タケノコは地下茎を通じ親竹から栄養を直接もらう ②多くの植物は芽の先に生長点があり、細胞分裂を繰り返して伸びるのに対し、竹は各々に生長帯を持つ節が同時に、まるで提灯を広げるように伸びるからだ。

「タケノコにはオスとメスがある」と過日、テレビのワイドショーでは言っていたが、生物学的には、地下茎で繁殖するタケノコに雌雄の別はない。ただ、穂先が緑色で「オス」と呼ばれるタケノコは、一般に細身で、歯触りがシャキシャキしており、他方、穂先が黄色い「メス」は太めで柔らかいという違いは、実際あるらしい。

いずれにせよタケノコは、「掘り始めたら湯を沸かせ」と言われるほど、掘り出した直後からえぐみが急激に増す。だから出来るだけ早く、米ぬかなどを入れて茹で、アク抜きし、さらにアク抜き後は、「湯止め」と言って火を止めたままゆっくり冷ますのがコツ。水を流し急いで冷ましたりするアクが抜け切れないからだ。ちなみに、湯がいた後に残る白い粉様のものはウマ味成分の「ケロチン」なので、洗い流さないほうがよい。

「竹には節がある。節があるからこそ、竹は雪にも負けない強さを持つのだ」と本田宗一郎氏は言った。成長と粘り強さ ―― そんなエネルギー補填と日頃の運動不足のカバーを兼ねて、黄金週間中、タケノコ掘りに出掛けてみてはいかがか。

祭の季節に No.868

小さなものまで含めると、日本には約31万の「祭り」があるそうだ(=お祭り研究家・山本哲也氏)。その土地々々、季節々々で多くの祭りがあるが、俳句の世界では「祭り」は夏の季語になる。夏は疫病が発生しやすいため、それをもたらす元凶である怨霊を、鎮めたり追い祓ったりする夏の行事が「祭り」とされた。

それなのに、まだ新緑の季節のいま、各地で祭りが多い。例えば京都では、アクロバティックな駈け馬神事で知られる藤森祭や、西陣機業地の祭礼・今宮祭、縁結びで知られる地主神社の地主祭、悪縁を切り良縁を結ぶ安井金毘羅宮の春季大祭はすでに10日までに終わったが、13日には松尾大社の還幸祭、15日は京都三大祭りの一つ・葵祭、18日は上御霊神社の御霊祭、20日は嵐山で嵯峨祭、三船祭、元祇園梛神社の神幸祭、さらに29日は鞍馬寺の五月満月祭など、5月は祭りが目白押しである。なぜなら、旧暦では卯月(4月)、皐月(5月)、水無月(6月)は「夏」だからだ。

「まつり」は「祀(まつ)る」の名詞形で、本来は神を祀ること、またはその儀式を指し、人々がそうした儀式に参加することも「まつり」とされる。目的は五穀豊穣、大漁追福、疫病退散、天下泰平の祈願や、それらの願いが成就したことへの感謝である。

しかし ――。時代の変化は、祭りに変質を迫る。いわゆる「ムラ社会」の崩壊が、コミュニティの核になっていた「祭り」への関心を薄れさせ、また若年世代の減少が、祭りの精神的象徴でもある「神輿」の担ぎ手の減少をもたらせた。その結果、「祭り」はいまやほとんどの日本人にとって、自身が何らかの形で参加するより、群衆の中の一人として観て楽しむだけの対象になってしまった。

果たしてそれでよいのか?―― という青臭い書生論を口にすることを躊躇わないわけではない。ただ、次の事実は知っておくべきではないか。阪神淡路大震災では多数の圧死者が出たが、地域によって、生き埋めになった生存者をその日のうちに救出できた地区と、できなかった地区があった。その違いが生じた理由を訊かれて、自治体の幹部が答えた。「簡単です。その地域に(昔からの)祭りがあったか、否かです」

政治学者・五百旗頭真(いきおべ・まこと)氏は書く。「血の通ったコミュニティであるか否かが、生死を分かつ要因なのである」(著書「大災害の時代 未来の国難に備えて」)

祭りを、ただ観ているだけでなく、みんなで「神輿」を担ぐ社会でありたい。

パンダ No.869

「旦旦(タンタン)」と聞いて「ああ、彼女のことか」と分かるのは、地元以外ではかなりマニアックな方だ。では「永明(エイメイ)」「良浜(ラウヒン)」「桜浜(オウヒン)」「桃浜(トウヒン)」「結浜(ユイヒン)」は? それでもダメなら「力力(リーリー)」「真真(シンシン)」「香香(シャンシャン)」は?―― いま日本で飼われている全パンダ9頭の名前である。

「旦旦」(メス)が「興興(コウコウ)」とペアで神戸・王子動物園に来たのは2000年。阪神・淡路大震災の復興支援の形で中国政府から貸与された。しかし子に恵まれなかった「興興」は2002年に中国へ帰り、代わって2代目「興興」が来日。人工授精に成功したものの死産に終わった2代目「興興」自身も、2010年に死んだ。ちなみに中国に戻った初代「興興」はその後、双子を産んだ。オスと思われていた初代は、実はメスだったのだ。

「永明」ら5頭が暮らすのは和歌山県白浜の私営動物園「アドベンチャーワールド」である。「永明」(オス)は王子動物園より早い1994年、独身で来日。2000年にメス「梅梅(メイメイ)」を中国から迎え、同年に「良浜」が産まれた。ただし……。「良浜」の父親が「永明」ではないことが判明した。なんと「梅梅」は、来日前に母国で妊娠していたのだ。

それでも快く迎え入れた「永明」は立派だ、と褒めてよいかどうか、迷う。「永明」はその後、「梅梅」との間の6頭のほかに、「梅梅」が中国で妊娠して生んだ「良浜」との間にも8頭の子供を作っているからだ。パンダのメスは「イケメンのマッチョ」好きが多く、ペアリングが難しいらしいが、「永明」は世界で十指に入る子沢山。「とにかく元気で、メスに対してマメで、何より優しいんですよ」と飼育員。繰り返すが、「元気」で「マメ」で「優しい」 ―― 三拍子揃っているのだ、紳士諸君!

ともあれ、これら神戸・王子動物園や白浜・アドベンチャーワールドのパンダたちなら、行けばほとんどいつでも会える。屋外運動場で遊んでいたり昼寝していたり、ほぼ自然な生態を、混雑もなくゆったりと、しかもガラス越しでなく見られる。

ひるがえって、上野動物園のパンダやいかに。子パンダ「香香」が順調に育ってきたおかげで、観覧は抽選による1日約3600人から整理券方式による約9000人に増えた代わりに、観覧時間は1人5分間から、たった「1~2分」(同園HP)に短縮された。

文字通り「客寄せパンダ」を地で行く東京パンダと、普通に扱われていれる関西パンダの、どちらが住みよい環境なのか。「東京目線」で物事を考えていると、価値基準が本来あるべき姿からどんどんズレていく怖さを、パンダ飼育の姿に重ねて思う。

「仕合わせ」 No.870

人が、必要最低限のことしか喋らない「無言時代」になった、と評する人がいる。 たしかに、エレベータに乗って扉が閉まりかけたところへ、まだ乗ろうとする人がいたことに気付いたから、とっさに「開く」ボタンを押して迎え入れたら、セーフ。それなのに、「すみません」「ありがとう」と声に出すどころか会釈さえしない人が近頃いる。

あるいは満員電車内で、それまでは何の気配も見せていなかったのに、駅に止まる寸前に突然、無言でグイグイ人を押し退けて降りようとする人もいる。もう少し前に「すみません、降ります」と意思表示してくれていたら、行く手の何人が体を寄せて空間を作り協力したろうに、無言で押されると逆に、足を踏ん張り押し返すのが人間の防衛本能。あちこち小突かれたり足を蹴られたりして、互いに不愉快な思いをする。

新幹線や航空機でも、前席の客がいきなり背もたれをフル・リクライニングで倒したおかげで膝頭を痛打した時などは、その背を足で思い切り蹴飛ばしたい衝動に駆られる。倒す前にチラッと後席を振り返り、「いいですか?」となぜ声を掛けられない?

それほどまで言葉を発しなくなった最近の日本人が、機械相手だと、喋りかけたり、喋ってもらったりして、喜んでいる。スマホに向かって「○○に電話して」「明日の天気は?」と喋ったり、自宅居間でもロボットに「クーラーを点けて」「部屋の灯りを消して」などと話しているテレビCMを見ると、そのぐらい自分で動けと思う。

「すぐキレやすい」と言われる現代。「原因の一端は『無言社会』にある」と社会学者の森真一氏は指摘する。なぜなら、いまの日本人は例えば苦情を、匿名性で守られているネットには好き勝手に書き込むのに、不満を相手に言葉で上手に伝えることができない。言われる方も普段言われ慣れていない。つまり双方が本音で話すことへの“耐性”が養われていないため、「互いにすぐ沸点に達し、キレてしまうのだ」と(著書「どうしてこの国は『無言社会』となったのか」。抜粋・要約)。そして、こうも書く。

「『幸せ』は、元は『仕合わせ』と書いていた。『仕』は動詞『する』の連用形の『し』。つまり、誰かと誰かが『する』のを『合わせる』わけだ。『すみません、通してください』と声を掛け、掛けられた側はそっとすき間を空けてあげる。これが『仕合わせる』こと。『仕合わせ』の機会を増やすにはどうすればよいかを考える時、『無言社会』にどう関わるべきかの答えが出てくる」

お互い、「仕合わせ」になりましょうよ。