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リーダーは何もしない No.760

「あなたは器が大きい」と言われたら、男にとって最大級の褒め言葉になる。

しかし、孔子は簡潔に言い切っている。「君子は器ならず」(「論語」為政篇)。わが国資本主義の父・渋沢栄一も、西郷隆盛の人物像について「器ならざる人」と評し、「大変親切な同情心の深い、一見して懐かしく思われる人であった。賢愚を超越したまさに将たる君子の趣があった」と自著「『論語』の読み方」に書いている。

孔子や渋沢が「器ならず」とした否定型の表現に違和感を覚えるのは、「器」の意味が現代人の受け取り方とは違うからだ。彼らが言う「器」とは「ある用途しか使い道がない器」のこと。つまり君子や将たる者は、特定分野でしか能力を発揮できないようであってはならず、幅広い器量を有してこそリーダーであると彼らは言っているのだ。

最近、タイトルにつられて1冊の本を買った。藤沢久美著「最高のリーダーは何もしない」(ダイヤモンド社)。大卒後、投資運用会社勤務を経て日本初の投資信託評価会社を起業、その後、上場企業の社外重役や政府審議会委員、さらにテレビやネットラジオ番組のキャスターとして1000人超のリーダーと接してきたという藤沢氏は、その経験から最近「リーダーシップ」のあり方に変化が起きていることに気付いたという。

「リーダーというと、『即断即決・勇猛・大胆』『ついて行きたくなるカリスマ性』というイメージを持つが、そうしたリーダー像は過去のものになりつつある。いま最前線で活躍しているリーダーたちは、権限を現場に引き渡し、メンバーに支えられることで、組織・チームを勝利へ導いている。優秀なリーダーほど、『リーダーらしい仕事をしていない』のです」(要約)と前書きに書く。

「リーダーらしい仕事をしていない」と藤沢氏が書いた表現を、でもそのまま受け取らないほうがよい。冒頭の「器ならず」同様の誤解を生むことになるからだ。

藤沢氏は続ける。「リーダーの最も大切な仕事は、進むべき方向=ビジョンを作ることだが、考えに考え尽くした末、ふと浮かび上がってくる直感が大事。だからリーダーの仕事は、常に考え続けること。考え続けた人にしか直感は降りてこない」「組織やチームの誰よりも静かに考え続け、未来を見つめ続ける ―― その本来の仕事に徹すれば徹するほど、リーダーは『何もしていない』ように見えるのだ」(要約)。

 

考えているフリをしているだけなんていうリーダーは無論、「その器に非(あら)ず」だ。

あれから5年 No.761

あれから、もう5年経ったんですね。

9日のネットニュースのヘッドラインに「“震災5年” 遺骨の身元発見 感無量の遺族」とあるのを見た。宮城県警が今年1月漁網に掛かっていた人骨をDNA鑑定したところ、震災時に石巻市内の病院に勤務中、津波に流されて行方不明になっていた女性薬剤師であることが判明した、と地元紙「河北新報」が伝えていた。

驚いた。行方不明者が10日現在でまだ2561人もいることに、ではない。このニュースを、朝日も毎日も読売も産経も扱わなかったことにだ。たぶん警察の定例発表によってではなく記者が日常取材の中で知ったと思われるこの話を、一地方紙が報じたことを全国紙が見逃すことなど絶対あり得ない。けれども、スルーした。その姿勢こそ、事あるごとに「事件を風化させてはいけない」と決まり文句のように書く全国紙自身の、東北大震災に対する関心の薄れ= 「風化度」であるような気がして、残念でならない。

いやいや、他人(ひと)様を責められない。本欄だって震災数日後、「日本人」のタイトルで、当時ネットに溢れた美談のいくつかを載せた。例えば、「子供がお菓子を手にレジに並んでいた。ところが、順番が近づくと考え込み、お菓子を棚に戻すと、お金をレジ横にあった募金箱に入れて出て行った。店員さんがその子の背中に向けて掛けた『ありがとうございます』の声が、震えていた」と。そのうえで「私たち日本人は、優しくなれる。優しくなろう。ならなきゃいけないと思う」とも末尾に書いた。その優しさを、いまも持ち続けているかと自問した時、俯かざるを得ない自分が居る。

10年前、読売新聞の投稿コーナー「こどもの詩」欄に、当時小学4年生の少年が書いた、「ある日」と題する短い詩が載った。「ある日、けしゴムになってしまった。ぼくはみんなに消されて、からだが小さくなっていった」と。その時、少年の詩に詩人・長田弘さんが付けた講評が、素敵だった。「ちがう。きみは消しゴムになって、みんなの間違いをいっぱい消して、大きな間違いを小さくしたんだ」

長田さんは、昨年5月17日に亡くなる前日、毎日新聞のインタビューに応じ、絞り出すような声で話していたそうだ。「日常愛とは、生活様式の愛着です。戦争や災害の後、人は失われた日常に気付きます。平和とは、日常を取り戻すことです」

震災前の日常を取り戻せていない被災地。私たちにもできることは、まだあるはずだ。

ブラックフライデー No.762

「ブラックマンデー」ならぬ「ブラックフライデー」が話題になりつつある。

「ブラックマンデー」(暗黒の月曜日)は、1987年10月29日(月曜日)に起きた米国発の史上最大規模の株価大暴落。この日、ダウ30種平均株価の終値が前週末より22.6%も下落。下落率が、世界恐慌の引き金になった1929年の12.8%を大きく上回ったショックは日本を含むアジア、ヨーロッパにも広がり、「世界同時株安」を引き起こした。

同じ「ブラック」でも、しかし「ブラックフライデー」は本来、マイナスイメージの話ではない。米国では、七面鳥を焼いて祝う感謝祭(11月の第4木曜日)翌日から、1年で最も活発な買い物シーズン「クリスマス商戦」が始まる。そのシーズン初日の金曜日が「ブラックフライデー」なのだ。

なぜ「ブラック」と呼ぶかは、街に溢れる大勢の買い物客を見て、交通整理の警察官が「まるで真っ黒な金曜日だ」とボヤいたのが始まりとか、某新聞がその盛況ぶりを「小売店がみな儲かって黒字になる」と評したのが由来とするなど、諸説あるらしい。

その「ブラックフライデー」セールを、日本でも今秋から全国の百貨店や商店街で始めてはどうかと、経団連の榊原定(さだ)征(ゆき)会長と石原伸晃経済財政・再生相が今月10日に会談した際、話題になったそうだ。

米国では昨年、「ブラックフライデー」から3日間で1億5000万人が買い物に出掛けたとされ、その後のクリスマス商戦を含めると小売店はこの時期、年間売り上げの2割を稼ぐという。英国も2014年からは米国に倣って「ブラックフライデー」を始め、昨年は韓国も政府主導でキャンペーンに取り組んだ結果、参加店では売り上げは2割近く増えたそうだ。というので政府・経団連も、9月の3連休や、春節で中国人観光客が増える来年2月ごろ、キャンペーンを実施することを検討し始めたらしい。 政府が財界と協調し景気対策に注力することは大いに賛成だ。しかし――。

「安倍首相は、2017年4月からの消費税率10%への引き上げについて、景気の足踏み状態が続いた場合、先送りする方向で検討を始めた」と18日付の読売新聞が報じた。この夏、衆参同日選の可能性もある「選挙対策」的リップサービス臭を否めないが、ともあれ、結局は国民任せの「ブラックフライデー」案を持ち出した程度で、昨今賢く堅実になった国民の消費心理を揺り動かす効果を、果たして持ち得るか、どうかだ。

イチロー語録 No.763

先週のテレビ朝日系列「報道ステーション」が、大リーグ「マイアミ・マーリンズ」イチロー×元「日本ハムファイターズ」稲葉篤紀)のインタビューを放送していた。ご覧になった方も多かろう。その時イチローが語ったそのままを書き起こし、いまごろ載せるなんて邪道、と叱られそうだが、それを承知で禁じ手を犯したくなった。

▽ボクね、高2の時、イップス(※)になっちゃったんです。1年生はゴミ扱い。2年生は人間で、3年生は神様っていう時代でしたから。(1996年にオリックスで優勝し)日本一になった時も、まだイップスでしたよ。(当時に比べれば現在は)天国みたいなもんです。しんどい思いは、どこかでしておくべきなんですね、早い段階で。

(※イップス=精神的な原因で自分の思い通りのプレーをできなくなる運動障害)

▽野球の動きって、胸を(相手に)見せたらダメじゃないですか。投げる、打つ、どんな動きも。(胸を見せるのが)早ければ早いほど負けなのに、つい手を先に出すから、胸が見えてしまう。しかも、「バットは最短距離で出せ」なんて訳の分からない教え方をされるから、よけいでしょ。手は最後。手が早い男はダメですよ、稲葉さん。(笑い)

▽人体の動きを理解しながらプレーすれば、ケガを防ぐこともできる。例えば「肩に力が入ってるぞ。リラックス、リラックス」なんて言われるけど、肩だけ力を抜いてもダメなんです。膝の力を抜かなきゃいけない。膝の力を抜いたら、肩の力も抜けます。そういうことを理解しているかどうかが、ものすごく大事なんです。

▽(「最近、トレーニングで身体を大きくすることが流行っているが」との稲葉氏の問い掛けに)全然ダメでしょ、そんなの。だって、トラとかライオンとか、ウエート(トレーニング)しないっすからねえ。人間、知恵があるからいろんなことをやっちゃうけど、本来のバランスを保ってないと、身体は大きくなっても、それを支えている関節とか腱とかは鍛えられないから、壊れちゃうじゃないですか。

▽遠回りするっていうこと、すごく大事ですよ。ボクは、無駄なことって結局無駄じゃないっていう考え方がすごく好きで、後から思うと、すごく無駄だったということは、とても大事ですよ。合理的な考え方って、ボクは嫌いです。遠回りすることが一番大事だと信じてやってます、いまも。――

イチロー語録は、サラリーマンや経営者にもじわじわ沁み込むから、聞き逃せない。