2015年12月のレーダー今週のレーダーへ

先見の明 No.748

京都・伏見区。交差点を、大勢の外国人観光客が渡って行く。これが嵐山の渡月橋近くならともかく、かつて大日本帝国陸軍第16師団へ軍需物資や兵隊を運んだ「師団街道」付近だから、地元の人々も最初は「なぜ?」と首を傾げたらしい。

彼ら外国人観光客が押し寄せているのは「伏見稲荷大社」。京都人が親しみを込め「お稲荷さん」と呼ぶ、全国約3万社を数える稲荷神社の総本山が、世界最大の旅行口コミサイト「トリップアドバイザー」による2015年度「外国人に人気の観光スポット」調査で1位に選ばれた。2位・広島平和記念資料館、3位・厳島神社、4位・東大寺や、京都市内では5位・禅林寺永観堂、11位・金閣寺、24位・三十三間堂などを差し置いて。

伏見稲荷がそれほど外国人を惹き付ける理由は、稲荷大社から奥の「眼力社」へ通じる参道に立ち並ぶ、無数の真っ赤な鳥居の、神秘的で日本的で幻想的な光景にある。

「無数」と書いたが、通称「千本鳥居」と呼ばれる。ただし、途中で2列に分かれて立つ鳥居の数は、「実際数えたら900本以下だった」とか、「稲荷山全体では約5000本」「いや1万本近い」など諸説がある。いずれにせよ古くなった鳥居は撤去され、新たに立てられるなど変動があるため、正確な数は把握されていないらしい。

ちなみに希望者が多い「鳥居の奉納」は現在「5年先まで予約満杯」(同稲荷管理課)。また鳥居の大きさによって17万5000円~130万2000円とオフィシャルHP上に6段階で載るその奉納初穂料も、「現在価格なので、将来変わる可能性がある」そうだ。

ともあれ「眼力社」のご利益は本来「眼病の平癒」だが、「眼力」は「先見の明」に通じるというので、株式関係者や企業・商店の経営者、さらに受験生やその親御さんなど、それぞれの目的でお参りに訪れる人が絶えない。

なるほど、将来を見通す「眼力」=「先見の明」は経営者にとって極めて大切な素養。それを「創造力」と言い換えれば、そのスキルを高めるには「何より経験を積み重ねることが大事」と脳科学者・茂木健一郎氏は著書「天才論 ダ・ヴィンチに学ぶ『総合力』の秘訣」に説く。

「創造性は過去の経験の蓄積から生まれる。過去の経験を種にしていない創造はない。過去の経験によって得られた情報量が多ければ多いほど、創造性を発揮する潜在能力が高まる。つまり、創造性=経験×意欲なのだ」(抜粋、要約)

12月入り。先を見通し、来年の戦略を描いても、鬼だってもう笑わない。

個人認証 No.749

▽東京マラソン財団は、世界に広がりつつあるテロ事件の発生などを受け、来年2月に行われる「東京マラソン2016」で出場ランナーに「顔認証」技術を用いた本人確認を試験的に一部実施する ▽法務省は、2020年東京オリンピック・パラリンピックに向けたテロ対策として、空港での「顔認証」システムの実証試験を始めた ▽地方公共団体情報システム機構は、マイナンバー制度の個人番号カードを発行する際、他人による「なりすまし」を防ぐため、窓口に「顔認証」システムを採用する方針を決めた ―― いまあちこちで「顔認証」システムが採用され始めている。

すでに実用化された分野も多い。▽ユニバーサル・スタジオ・ジャパン=年間パスポート所有者は、ゲートのカメラを一瞬見るだけで「顔パス」できるシステムを採用 ▽タバコ自販機=未成年者の喫煙防止のため、骨格などから未成年者と思われる購買者に運転免許証の明示を求める ▽スーパー=以前問題があった万引き常習者の入店を防犯カメラで検知すると、担当者にアラーム通知する ▽パチンコ店=いわゆる“ゴト師”などの要注意人物や、「のめり込み防止」のため本人・家族から登録申請があった顧客の入店をチェックする ▽ジュース自販機=自販機のカメラで性別・年代を推定し、適した商品に「おすすめ」表示をする ―― 等々。

ロンドンでは、市内の防犯カメラ映像から指名手配された犯人だけを抽出するシステムが実用化されている。マスクやサングラスをしていても誤魔化せないし、背中を見せていても体型から顔を予測し発見することも研究中というから、技術進歩に驚く。

「顔認証」だけではない。「指紋認証」はすでに携帯端末などで使われているし、「手の平静脈認証」も、銀行ATMや重要施設の入退室管理のほか、茨城県「那珂市立図書館」では、利用者カードがなくても手の平をかざすだけで本を借りられるシステムを世界で初めて採用している。

また、瞳の中の一人一人で違う自律神経の王冠状の模様で判別する「虹彩認識」が最近注目されているのは、「指紋」のように、眠っている間にこっそり指を押されることがないからだが、ただし、そう聞いて喜び過ぎると、何か後ろめたい事情があるのではと勘繰られかねないので、控えたほうがよさそうだ。

多様な個人認証の方法が社会に広がっている。そのほうが安心かもしれない。しかし、ではそういう社会が本当に幸せなのかというと、それは別問題のような気がする。

跨ぐ No.750

見たくなかった瞬間を、ショッピングセンターの呉服売場で見てしまった。タスキ掛けの着物姿がまだ板についていない感じの若い男性店員が、畳敷きの特設会場で、巻物状に置かれた数点の反物を、ヒョイと跨いで右から左へ移動したのである。

「エッ!」と驚いた理由は無論、彼の身軽さにではない。大切な商品を何ら躊躇いもせず跨ぐなどという不心得を、見てしまっただけで旧世代人間は気分が悪くなる。

日本では独得のマナーが、時には俗信(大衆の間で信じられている禁忌(タブー))という姿に変えながら、数多く言い伝えられてきた。「跨ぐ」という行為でいえば他にも「難産になるから、妊婦は箒を跨いではいけない」とか。箒は魂を一カ所に集めるための、神霊が宿る呪具の一つ。なので、粗末に扱うなという理由だが、同時に「妊婦が、物を跨ぎ損ねて転ぶと危険だから、やめなさい」というのが陰の真意だったのだろう。

逆に、跨がなければならない ―― 言い換えると「踏んではならない」というルールも多かった。例えば「敷居」。敷居は家の外と中、部屋と廊下を隔てる「結界」の役割があり、それを踏むと空間秩序を乱すことになるから、跨がなければならないと教えられた。ただこれも、敷居を長年踏み続けていると家全体の建てつけが狂ってしまうため、それを防ぐ目的があった。同様に「畳の縁」も、武家などでは家紋などを織り込むことが多かったため、踏むのは失礼とされたが、実は当時の畳の縁は高価だったことから、踏まれて早く擦り切れるのを防ぎたい意味もあったらしい。

ほかにも「ドジ」(土俵の外=土地(どぢ))や「座布団・布団」(もてなしの心を踏みつけるという意味で)、「虎の尾」や「二の足」、また最近は戦場に限らず対人関係の中にも思いがけなく潜んでいたりする「地雷」なども、跨いで避けたほうがよさそうだが、逆に、日常生活の中で、見つけたら跨がないほうがいい物もある。それは、「床のゴミ」だ。

若い頃ヤンキーだったタレント・哀川翔は、家庭でも5人の子供たちにかなり乱暴な「熱血教育」を実践しているらしいが、その彼が「わが家のルール」として厳しく躾けていることの一つは「床に落ちていたゴミを、絶対に跨ぐな。必ず拾い、ゴミ箱に捨てろ」だそうだ。哀川は言う。「だって、ゴミを跨いだっていうことは、ゴミと分かったうえで、見て見ぬふりしたっていうことだろ? そんなの、許せるか?」

見たのに、跨いで避けていることが、さて、私たちにはないか? 床のゴミ以外でも。

バタフライ効果 No.751

コピー用紙の厚さは一般に0.09mm。仮にこれを0.1mmとした時、では巨大なコピー用紙を何回折りたためば富士山の厚さに達するか? ―― 「何万回?」ブーッ! 「何千回?」ブーッ! 「じゃあ何百回?」ブーッ! 実は、たったの26回である。

1回折ると0.2mm、2回では0.4mm、3回で0.8mm……という「0.1mm×2の○○乗」の計算式で求められる答えの、最初はゆっくりした進み具合を侮ってはならぬ。10回で1.024m、15回3.2768m、20回10.48576m、25回3355.4432mとなり、26回では6710.8864mと一気に富士山(3776m)を抜く。ちなみに37回で地球の直径、44回で太陽の直径、67回で1光年、102回で宇宙の端から端までの距離約465億光年に達する。

小さな変化がやがて途方もなく大きな変化に繋がることを、「ブラジルの蝶の羽ばたきがテキサスに竜巻を引き起こす」と言った気象学者エドワード・ロレンスの表現に喩え「バタフライ効果」と呼ぶ。作家アンディ・アンドローズは、それが人間社会の中でも起こる実話として「バタフライ・エフェクト ―― 世界を変える力」を書いた。

その主人公はトウモロコシ農場に生まれたノーマン・ボーローグ。ボーローグ少年はある日、こんなに美味しいトウモロコシを、しかし世界の誰もが食べられるわけではないことを知る。「世界のどこでも食べられるトウモロコシを作ろう」 高校、大学を通じトウモロコシの品種改良に取り組んだ彼は、ついに成功する。それによって世界で20億人が飢えから救われたとして、彼は1970年ノーベル平和賞を受賞した。

しかし、彼の成功は彼一人の力で成就したわけではない。世界の人々に食糧を提供するための研究所を設立し、その所長に、まだ青年だったボーローグを起用したのは、自身も植物の研究に熱心だった米農務長官ヘンリー・ウォレス。そのウォレス長官に植物に関する多くの知識をアドバイスしたのは植物研究者ジョージ・カーバー。黒人奴隷の子に生まれ、ゲリラ部隊に拉致されていた赤ちゃんのカーバーを引き取り、育てたのは、奴隷制度に反対していた白人農業主のモーゼス・カーバー、等々。

人と人がひょんなことで出会い、関わり、影響し合うことも「バタフライ効果」とした作家アンドローズは、最後に書く。「あなたの今日の行動、ひいては人生は、未来を永遠に変えるだけの力を持っていることを知っておいてください」 そういう気持ちで新年を迎えられたら素晴らしいと思う。どうか良いお年を。