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「万善」への第一歩をNo.654

長州藩の医学・西洋学者で「維新の十傑」の一人・大村益次郎や、やはり江戸時代後期の蘭学者・高野長英の名前をご存知の歴史好きは多かろう。しかし、彼らが学んだ師匠・広瀬淡窓と、その彼が興した私塾「咸宜園」のことは案外知られていない。

広瀬淡窓は天明2(1782)年、豊後国日田郡の両替商の長男に生まれた。幼少時から聡明だったが、病弱だったため家業を継ぐのを諦め、教育者への道を選ぶ。24歳になった文化2(1805)年、長福寺境内の学寮を借りて開塾。同14(1817)年に「咸宜園」と名を改め、また安政3(1856)年に淡窓が亡くなった後も弟たちに引き継がれて明治30(1897)年に閉塾するまで、延べ4600人余の塾生を生む日本最大級の私塾になった。

その「咸宜園」の最大の特色は、その名称の由来に表れる。つまり「咸=すべて」「宜=よろしい」というその名の通り、「咸宜園」への入塾は、農工商の身分制度が敷かれていた時代にもかかわらず門地(家柄)、年齢、学歴、さらには男女の違いさえ問われることなく、誰でも入塾し、学ぶことができたのだ。それは「咸宜園以呂波歌」として残る淡窓の教育方針に基づいていた。「鋭きも 鈍きも ともに捨てがたし 錐と槌とに 使い分けなば」――人それぞれに合った教育が大事、という信念である。

誰でも入れたが、入塾後は、塾生たちは猛勉強を覚悟しなければならなかった。毎日の学習状況や生活態度、月度の試験結果を記録した「月旦評」と呼ばれる成績表によって、9段階に分けた進級を厳しく評価され、判定に微塵の斟酌もなかったからだ。

塾生に厳しさを求めた淡窓は、自身にも厳しさを課した。後に「万善簿」と呼ばれる自己採点簿がそれだ。人に親切したりお金を与えるなど「善行」を施した時は「○」。逆に食べ過ぎたり妄想したり蚊や小動物を殺すなど「悪行」をした時は「●」。その「○」から「●」を引いた数が早く1万に達するよう、毎日記録し始めたのだ。54歳から始め、最初に「万善」を達成したのが67歳。その後も続けた2度目の「万善」が途絶えたのは、75歳で亡くなる2年前。体力が弱り、床に臥せる日々が増えたからだ。

兵庫県たつの市に本社を置く新宮運送は、「万善簿」からヒントを得て、ドライバーが、プライベートも含めた「無事故無違反運転4000日運動」を平成5(1993)年1月1日から始めた。昨年暮れまでにOBを含む12人が記録を達成したそうだ。

新年が始まった。各位にも相応しい「万善」の目標があろう。一歩を踏み出したい。

仕合わせNo.655

♪縦の糸はあなた 横の糸は私/逢うべき糸に出逢えることを 人は仕合わせと呼びます ―― 中島みゆき作詞作曲・唄「糸」の一節である。「仕合わせ」を、現代ではほとんどの人が「幸せ」と書くが、中国の古代文字まで遡れば、「幸」という字は、いま私たちが思っているようなハッピーな意味ではなかった。征服者(敵)に捕らえられ、両手に手枷をはめられている姿を表す。そんな状態なのになぜ「しあわせ」なのかと言えば、手枷をはめられ自由を奪われても、殺されるよりは「しあわせ」だからだ。

つまり「しあわせ」という日本語の表記は本来、「仕合う」とか「仕合わせる」という古い動詞の名詞形「仕合わせ」と書くのが正しい。

内田樹・神戸女学院大学名誉教授は、しばしば「仕合わせ」論に触れて書いている。

「『仕合わせ』の元の意味は『出合うべきものと出合うこと』。『仕合わす』という動詞もあったように、『しあわせ』は天から降ってくるものではなく、自分固有の生き方に合うものと出会うことだった。だから『仕合わせ』になるには、まず自分が何を求めているかを知らなければならない」(「婦人公論」2013年1月22日号)

「『しあわせ』は『仕合わす』行為の結果だから、『仕合わす』人の意志と行為抜きには存在しない。そこに至るまでの手間と暇、言い換えれば努力と時間を介在させるという考え方を、かつての日本人はしていた。(ところが)現代人にとっての幸せは、当人の働きかけとは関わりなく不意に到来するもの。だから(現代の幸せは)来た時と同じように不意に去ってしまい、それが自分が手間を惜しんでいるせいだとは考えないところに問題がある」(「京都新聞」2005年8月29日付)

法政大学教授・田中優子氏は、日本人の「しあわせ感」が変化してきた点を指摘する。「日本人の幸せや豊かさへのこだわりは、もしかすると横並びの平均像を作ってしまうことに原因があり、その原因を作ったのは戦後の日本のコマーシャリズムであるように思う。『幸せ』とか『豊かさ』という言葉に踊らされて自分の生き方を見失わないよう、私たち一人一人が自分の幸せ、豊かさとはどういうものなのかを、心の中に築いてゆく必要がある」(「宮崎新聞」2006年1月23日付)

明石家さんまは持ち歌「しあわせって、何だっけ」の最後で歌う。「♪あほとアホとの思いやり」 思いやりは日本的「仕合わせ」の原点。そう、結構真実を衝いているのだ。

Row and Row No.656

CMソング作曲家・桜井順氏の名を知る人は少ないかも知れないが、作品は昭和世代の多くがご存知だろう。富士フイルム「お正月を写そう」、エースコック「ブタブタ子豚」、AGF「コーヒーギフト」や、古くは作家・野坂昭如氏が「ソ、ソ、ソクラテスかプラトンか」と歌ったサントリー「ゴールド」のCMも、桜井氏の手による。

桜井・野坂両氏のコンビで世に送り出された作品は「ソ、ソ、ソクラテスか …」だけでない。やはり昭和世代の多くが耳にしただけでなく、少なからぬ諸兄がスナックのカラオケなどで渋めに歌いもしたであろう著名な歌謡曲がある。

「♪ 男と女の間には 深くて暗い川がある/誰も渡れぬ川なれど エンヤコラ 今夜も舟を出す…」 1971(昭和46)年発売の「黒の舟歌」である。

「黒の舟歌」は盲目の歌手・長谷川きよしが歌ってヒットしたが、オリジナルは野坂氏。ほかに加藤登紀子、桑田佳祐、泉谷しげる・大竹しのぶなど多くがカバーしているように、「黒の舟歌」は男女間の機微を意味深淵に歌う昭和の名曲の1つである。 ……さて、今日の本欄は、以上までが少し(?)長めの前フリ。実は、あるところで見て、どうしても紹介したいと思った一文があるからだ。曰く――。

「関係を迫ると、あなたは紳士じゃないといわれる・関係を迫らないと、あなたは男じゃないといわれる/たびたび部屋を訪れると、もっと1人の時間がほしいといわれる・あまり部屋を訪れないと、二股かけているのかといわれる/話を聞きながら発言すると、黙って聞いてよといわれる・話を黙って聞いていると、何か言ってよといわれる/待ち合わせに30分遅れていくと、30分も待たせるなんてひどいといわれる・自分が30分遅れると、30分ぐらい何よといわれる」 もっとある。

「やきもちを焼くと、縛られるのはいやという・やきもちを焼かないと、もう愛はないのかという/そうだねと賛成すると、自分の考えがない人ねといわれる・そうじゃないと反対すると、理解がない人ねといわれる/愛してると言うと、口の軽い人ねといわれる・大好きだよと言うと、それだけしか言えないのといわれる/墓に供え物をすると、君は無視する・僕は泣いているのに、君は安らかに笑っている」

 

なるほど、「男と女の間には 深くて暗い川」がありそうだ。それでも、男たちはこう歌い続けるのである。「♪ Row (漕ぐ) and Row  Row and Row 振り返るなRow Row」

大 人No.657

まだ30歳の「リケジョ」(理系女子)小保方晴子さんが、一昨年ノーベル賞を受賞した京都大学・山中伸弥教授が発見したiPS細胞より、もっと効率的に万能細胞を作ることに成功したとのニュースは、その重要さを実はほとんど理解できていない私たちの気持ちをも、いっぺんに明るくした。とにかく嬉しい話ではないか。

しかも、理論をなかなか証明できないため「周囲から『きっと間違いだ』と言われ、悔しくて泣き明かした夜は数知れない」とか、「デートの最中も研究のことを考えていた」とか、何より、研究室では祖母からもらった“割烹着”を愛用しているという彼女の「普通の女の子」っぽさに、とりわけオジサン世代は大いなる好感を抱く。

しかし――。彼女はやっぱり、少女時代から「普通の女の子」ではなかったのだと思う。中学2年生だった1997(平成9)年、彼女は児童小説「ちいさな ちいさな王様」(アクセル・ハッケ著)を読んで青少年読書感想文コンクールに応募した。主催者の毎日新聞が入選した感想文を31日付紙面に掲載している。彼女の文章を読んで、驚いた。

「私は大人になりたくない。日々感じていることがあるからだ。それは、自分がだんだん小さくなっているということ。もちろん体ではない。夢や心の世界がである。現実を知れば知るほど小さくなっていくのだ。私は、そんな現実から逃げたくて、受け入れられなくて、仕方がなかった。夢を捨ててまで大人になる意味ってなんだろう。」

「大人になるという事は、夢を捨て、現実を見つめる事だと思っていた。でも、王様は、こう言った。『おまえは、朝が来ると眠りに落ちて、自分がサラリーマンで一日中、仕事、仕事に追われている夢をみている。そして、夜ベッドに入るとおまえはようやく目を覚まし一晩中、自分の本当の姿に戻れるのだ。よっぽどいいじゃないか、そのほうが』と。私はこの時、夢があるから現実が見られるのだという事を教えられたような気がした。」

「夢には、二面性があると思う。持ち続ける事も大切だが、捨てる事もそれと同じ位大切な事なのだと思う。どちらがいいのかは、わからない。また、私がこの先どちらの道に進むのかも。ただ、言えることは、みんなが夢ばかり追いかけていては、この世は成り立たなくなってしまうということだけなのだと思う。」(=抜粋)

現在の自分が、中2当時の彼女より「大人」だと言い切れる自信が、筆者にはない。