2013年11月のレーダー今週のレーダーへ

学んでいないNo.645

人が無意識に見せる表情は実に正直だなあ、と改めて感じた。10月24日の記者会見時には、悪いけどふてぶてしそうにさえ見えた同じ人が、28日はずいぶん穏やかな顔つきに変わっていたからだ。社長辞任を発表し、肩の荷を下ろすことになった安堵感のせいだろう。その意味では彼は、個人的にはとても正直な人なのだろうと思う。

ともあれ阪急阪神ホテルズの発表によると、レストランなどでのメニューの「誤表示」は、2006年3月~2013年10月半ばまでの間に23施設で47品目、対象利用者は延べ7万8775人に及んだ。しかしそれらは、材料費を安く上げて儲けようとして意図的に行った「偽装」では決してなく、まったく悪意のない「誤表示」に過ぎない、と同社は部長クラスだけで行なった最初の謝罪会見でマスコミに答えた。

経営コンサルタント・大関暁夫氏は、そこにこそ同社の本質的な欠陥があったと指摘する。「今回の事態を引き起こした原因が誰かの指示や思惑による『悪意』だったなら、その『悪意』を取り除くことによって再発を防ぐ道筋は見つかる。しかし『悪意』がなかったのに今回のような偽装が同時多発的に起きたというのなら事態はより深刻。解決策は途方もなく遠いところにある」(ニュースサイト「BLOGS」)と。同感である。

それに今回発表された「誤表示」は、記録が残っている2006年3月以降の話だ。それ以前の状況は調べようもない。しかも、2007~2008年と言えば、牛肉の産地を偽装した料亭「船場吉兆」、食肉偽装が発覚した「北海道ミートホープ」、事故米を食用に転売した「三笠フーズ」、飛騨牛の偽装が露見した「丸明」等々、偽装事件が相次いだ時期に重なる。つまり阪急阪神ホテルズには当時、それらの事件を「他山の石」にして社内を顧みてみようという思いは、これっぽっちもなかったということだ。

出﨑弘社長は会見で辞任理由を「阪急阪神ブランド全体の信用失墜を招いた責任の重さに鑑(かんが)みて決めた」と語った。やはり正直な人だ。つまり彼が最後まで申し訳なさを覚えた対象は「阪急阪神ブランド」=会社であって、「利用者」ではなかった。

米国の著名投資家ウォーレン・バフェットは言う。「周囲からそれなりの評判を得るには20年かかる。しかしその評判は、たった5分で崩れることがある」

おまけに同様の「誤表示」発表まで相次ぎ始めた。私たちは一体何度、同じ場面を目にしなければならないのか。憤慨を通り越し、人間の進歩のなさが悲しくなってくる。

“マー君の熱投”No.646

東北楽天ゴールデンイーグルスの選手諸君、ならびにファンのみなさんに、心から「おめでとう!」の言葉を贈りたい。3日の2013年プロ野球日本シリーズ最終第7戦。関東地区で45.3%、仙台地区では60.4%に達した最高視聴率の高さは、そのままこの決戦に対する国民の関心と、東北楽天ファンの期待・喜びの大きさを物語っていよう。

それにしても、最終場面での楽天・田中将大投手の起用には驚いた。

田中は、2点のリードを守れず逆転されて今季初の敗戦投手になった前日第6戦で、160球を投げた。投球数が120球を超えた7回終了時に交代の打診を受けたが、それを断わって投げ切ったのだという。日本のプロ野球の1軍公式戦は2000年以降で2万2000試合を超すが、1試合160球以上を投げた投手は松坂大輔、新垣渚、涌井秀章など10人だけ。しかも、その翌日に再びマウンドに立った投手は、一人もいない。

「考えられない継投だけど、田中がどうしても行くと。最後は田中が相応しいということで、託した。オレも驚いた」と星野仙一監督は優勝インタビューで話した。しかし星野監督は、元々そういう人だ。2008年の北京五輪で星野監督は「侍ジャパン」を率いたが、中日ドラゴンズ監督時代の愛弟子の川上憲伸投手やリリーフの岩瀬仁紀投手を酷使してボロボロにして返し、選手を送り出した落合博満監督を怒らせた。

田中投手が来季は渡米すると噂される米メジャーでは、今回の田中の起用に関して「シーズンで200イニングを投げている投手に、本来の役割ではないリリーフ登板をさせる意味は何もない」「具体的交渉に入る前に、今回の過酷な投球で田中の肩に異常が生じていないか、詳しく検査する必要がある」とシビアに見るスカウトが多い。

国内でも「日本人が大好きなガンバリズムの象徴」「まるで高校野球の大人版」「昭和の野球」など批判が少なくない。その通りだと思う。ただ、それでも――。

そうした日本人の「ガンバリズム」が、実は、敗戦ですべてを失った日本を今日ここまで建て直すパワーの源になってきたのではあるまいか。スポーツに限らず日本の社会全体を見ても、いまそういう日本人独得のダイナミズムが失われているのではないか。限界を超えてみようとするチャレンジ精神が、震災復興をはじめ日本の社会全体に、とても大事なことではないのか ――

第6、第7戦合わせて175球に及ぶ“マー君の熱投”を観た後にそんなことを感じたのは、旧世代の郷愁(ノスタルジア)に過ぎないのだろうか。

唄…そして歌No.647

法人会主催「名古屋発祥 都々逸を味わう」の案内が弊社内の掲示板に貼られていた。主催者がチラシに「都々逸(どどいつ)」と“読み仮名”を振ったのは正解。仮名をわざと消し、読み方と意味を聞いてみた社内のプチ調査では、3割が苦笑いして首をすくめた。

都々逸は、たとえば「ついておいでよ この提灯に 決して(消して)苦労(暗う)は かけぬから」などという七・七・七・五調の文句を、「チントンシャン」の三味線の音にのせて謡う日本独得の俗曲である。江戸時代に、名古屋「熱田神宮」から桑名へ舟で渡る「宮の渡し」(現在の名古屋市熱田区神戸町)にあった茶屋の女が、客寄せのため茨城県「潮来節」に倣って歌っていた。それを江戸の寄席芸人が持ち帰って謡い始めたところ、評判になり、全国に広まったとされる。

酒席芸として始まった都々逸なので、「恋に焦がれて 鳴く蝉よりも 鳴かぬ蛍が 身を焦がす」「諦めましたよ どう諦めた 諦め切れぬと 諦めた」「上を思えば 限りがないと 下を見て咲く 百合の花」など小粋な唄が多いが、時代と共に変化もして行く。

「戀という字を分析すれば 糸(愛)し糸しと 言う心」「立てば芍薬座れば牡丹 歩く姿は 百合の花」「散切り頭を 叩いてみれば 文明開化の 音がする」などはよく知られようし、昭和に入ると歌謡曲の歌詞にも七・七・七・五調が採り入れられた。「星の流れに 身を寄せ合って どこをねぐらの 今日の宿」(菊池章子「星の流れに」) 「赤い夕日が 校舎を染めて ニレの木陰に 弾む声」(舟木一夫「高校三年生」) 「三日遅れの 便りをのせて 船が行く行く ハブ港」(都はるみ「アンコ椿は恋の花」)

「また昭和世代の郷愁か」と嗤うなかれ。「恋の花咲く ロマンの都 女ばかりに 気もそぞろ」は桑田佳祐作詞「東京シャッフル」だし、「輝き出した 僕達を誰が 止めることなど できるだろう」の七・七・七・五調も浜崎あゆみ作詞「Boys & Girls」である。

テレビで歌謡番組が盛んだった昭和40年代には、玉置宏などの名司会者が、曲を盛り上げるため、イントロに七・七・七・五調風のナレーションを乗せて紹介する演出が流行った。たとえば「恋のしおりに 乙女がたどる 君が面影 帰らぬあの日…」などというナレーションに送られて歌い出したのは、「この世の花」の島倉千代子さんだ。

愛称「お千代さん」。はにかむ笑顔が健気で愛らしかった。しかし亡くなる3日前、自宅で新曲を録音していたとの話に、昭和女性の芯の強さをも思う。どうか安らかに。

ハッタリNo.648

過日テレビで、女性経営者ばかりを集めた座談会を観た。話題が「成功に必要な条件は何か」に移った時、「情熱」「自分を売り込む積極さ」「リスクを恐れない勇気」など各自が思い思いの要素を挙げた中、一人が口にした言葉に、全員が「たしかに」と大きく頷いたのが印象に残った。いわく「ハッタリも、時には大事よね」。

「ハッタリ」は「相手を威圧するため大げさな言動をしたり、実体や実力以上に誇張すること」というのが一般的な語意だが、彼女たちが言う「ハッタリ」は意味合いが少し違う。男性中心の企業社会で彼女たちが闘い、生き抜いていくには、「社の内外に対し、堂々と、自信に満ちた態度を、常に見せている必要がある」という女性経営者ならではの悩みを、「ハッタリ」という言葉に置き換えていたように思えた。

「ハッタリ」には2つの「効用」がある。第一は、内心の不安を押し殺して「はい、出来ます」と言い切る言葉が、縮こまっていた自分の殻を打ち破るチャンスになること。第二は、「自分なら出来る」と思い込むことで、いままで出来なかったことが出来るようになり、その結果生まれた自信が、堂々とした態度=「オーラ」になって身に付き、それがまた新しいチャンスや仕事を引き寄せるよう作用することだ。 むろん女性経営者に限らない。何としても達成したい目標があるなら、「ハッタリ」と思われてもいいからそれを周囲に公言することだ。口にした以上、頑張らざるを得ない。そのプレッシャーと頑張りが人間を成長させ、やがて実力が身に付く。

実は筆者には謝らなければならないことがある。大口を叩いて行儀が悪かったボクシングの亀田3兄弟に、「若者らしい爽やかな態度を」と、かつて本欄で諌めたことがある。世間からの同様のバッシングをどう受け止めたのかは知らないが、その後精進を重ねた彼らは、口にしていた「ハッタリ」通り、いまそれぞれ世界の王座に登り詰めた。「ハッタリ」がパワーの源になることを、筆者は若い3兄弟に教わったのだ……

……という締めくくりで今日の本欄を終わりたかった。それなのに――。

19日行われたWBA世界バンタム級タイトルマッチで世界ランク14位の孫正五(韓国)と闘った亀田興毅は、終始苦戦したうえ、10回には左フックを受けてダウンした。にもかかわらず、結果はまたしても亀田の、疑惑の判定勝ち。本人の問題と言うより周囲の関係者が、いわゆる「大人の事情」で若者たちを食い物にしているのではないのか。

事業再生ADRNo.649

国内ジーンズの最大手エドウインが26日、グループ28社のうち金融債務のある16社ともども事業再生ADR(裁判外紛争処理手続)の利用を申請した。

1938(昭和13)年創業の同社は戦後、米軍払い下げ衣料品を扱ったことをきっかけにジーンズ生地の輸入、さらに製品製造に着手。「EDWIN」ブランドはいわゆる「アメカジ」ブームに乗って成長を遂げ、最盛期は年商400億円近くを挙げた。

しかし近年は、「1000円ジーンズ」の台頭や、生産拠点を置いた東北が震災に見舞われた影響から経営が悪化していたところ、昨年、経理責任者の急死とともに多額の損失隠しが発覚。このため取引銀行と再建策を模索していたもので、このほど第三者機関である事業再生実務家協会に、事業再生ADRの利用を申請することになった。

事業再生ADRは、①原則として金融機関だけを対象にし、②国の認定を受けた「紛争解決事業者」の仲介で円滑な経営再建の方途を探るという、③私的整理手続。商取引先への支払いは従来通りであるうえ、申請は非公開であるため、会社更生法や民事再生法など法的整理のように、申請したことによって厳しい経営下にある実態が露見し、信用不安を広げるような弊害を防ぐことができる利点がある。

ただ実際は制度発足以来、さいか屋(百貨店)、アイフル(消費者金融)、ウイルコム(PHS通信)、丸和(スーパー)や、今月もテーマパーク「牧歌の里」(岐阜県)ほかを運営する「ヒルトップ」など、非公開のはずの申請例が少なからず表面化しているのは、当事者や関係先が上場企業の場合、経営上の重要事項を適時開示する義務を負うからだ。

また、会社更生法や民事再生法などの法的整理では、再生計画案の承認は関係者の多数決で成立するのに対し、私的整理である事業再生ADRは対象債権者全員の同意が必要なことや、整理過程で第三者機関の手を借りるため相応の費用を要する等々、中小企業が利用するのは難しい制度であるとの問題点も指摘されている。

いずれにせよ、事業再生ARDは制度の歴史が浅いうえ、申請が非公開であるため、メリット・デメリットを論じる検証例に乏しいのが現実。それに、私たちが国・政府に望むのは、経営が悪化した企業の「紛争処理」制度の整備もさることながら、そうした事態に至らないよう、企業に活力を与えるような景気対策を、まず示してくれることだろう。その切なる願いや思いが、いつまで経っても届かないことが、何より歯痒い。