2013年3月のレーダー今週のレーダーへ

ラブ・コメNo.612

「缶詰」は他に食べる物がない場合の非常食、というイメージを旧世代、とりわけ男性は持っているのではあるまいか。だから昨年「空前のブーム! 缶詰バーが人気」という記事を雑誌で読んでも、どうせ一過性の流行だろうと思っていた。ところが、全国チェーン展開している某缶詰バーは、今年もすでに3店を新規オープンしたそうだ。

缶詰の歴史はフランス革命の1800年代に遡る。ナポレオンは当時、兵士たちの士気を高め戦闘力を維持するため、前線に栄養豊富な食料を大量に供給する必要を痛感していた。偏食による栄養失調で壊血病にかかる兵士が多く、戦力の低下が問題になっていたからだ。そこで食品の新しい貯蔵法を、懸賞金まで出して募集した。

それに応募したフランスの食品業者ニコラ・アペールが1804年、加熱滅菌した食品をビンに入れコルクの蓋で密閉保存する方法を考案、見事に懸賞金1万2000フランを手にした。ただ、「壜詰」は重く、割れやすかった。そこでイギリス人ピーター・デュランが、容器にブリキを使うことを考え、1810年に特許を取ったのが「缶詰」の始まり。以来、英国の食品貿易の柱になり、アメリカに伝わるとさらに産業が隆盛した。

そのようにして缶詰は誕生した。「缶詰」は誕生したけれど、ただし肝心の「缶切り」が、当時はなかった。では、どうやって缶を開けたのか。当時の缶詰にはこう書かれていたという。「ノミや斧で開けてください」。戦場では銃剣を蓋に突き刺したり、鉄砲で撃つ者もいたとか。スギちゃんよりワイルドな猛者が、昔は珍しくなかったわけだ。

ともあれ、缶切りが発明されたのは1858年で、アメリカのエズラ・J・ワーナーなる人物の考案によるとの記録が残っている。つまり缶詰の誕生後、缶切りが発明されるまでに、ほぼ半世紀もの歳月が流れていることになる。

さて、放送中のドラマ「最高の離婚」(フジテレビ系)は、光生(キャスト=瑛太)と結夏(尾野真千子)、諒(綾野剛)と灯里(真木よう子)という2組のアラサー(30歳前後)夫婦を通して、結婚や家族とは何かを描くラブ・コメディーである。その先週の第7回で、光生の祖母・亜以子(八千草薫)がこんなセリフを口にした。「缶詰が発明されたのが1810年で、缶切りが発明されたのは1858年。おかしいでしょ? でも、そういうことがあるのよ。大事なものが後から遅れてくることもあるのよ。愛情だって、生活だって」

「ラブ・コメ」の一場面から、「なるほど」と教わることもある。たまには、いかが?

威光暗示効果No.613

>商品・サービスの価格を設定する際、消費者心理を考慮したその決め方は3つに大別される。第1は「端数価格」。つまり100円の商品を「98円」、5000円なら「4980円」と端数にすることで割安感を醸し出す方法である。最も一般的だろうか。

第2は「慣習価格」。いわば社会的慣習として長らくその前後にとどまってきた価格で、たとえば清涼飲料水や菓子パン、ガムなどの価格や、タクシーの初乗り料金などは一定の常識的範囲に納められ、それを超えると需要が一気に落ち込む。

第3が「威光価格」である。高級ブランド品の価格設定に多くみられる。購入者に商品のステータスや品質の良さを訴え、それを手にする満足感、優越感を感じさせるため、価格をあえて高めに設定する方法だ。あるブランド商品の真正品を、顧客への利益還元のつもりで採算を度外視した格安価格で店頭に置いたところ、偽物と疑われたらしく売れず、価格を倍に戻したら売れた、という話は、冗談でなく実際にあるらしい。

催眠学では「威光暗示効果」と呼ばれる実験結果が報告されている。ある小学校の6年生の、授業参観日の理科の時間に、担任が1本のボンベを教室に持ち込んできた。「いまから、無色無害だけど少し臭いがする気体を放出する。臭いが教室に行き渡るまでの時間を測りたいので、臭いを感じた人は手を上げて教えてほしい」と。

「シューッ」とボンベの栓が開けられて間もなく、1列目の生徒が数人手を挙げた。それから数分後、2列、3列目の生徒たちも手を挙げ、さらに後列へと広がって行き、最後は教室の後ろで授業を参観していた保護者まで手を挙げた。それを見た教師が、バルブを閉めてから、言った。「協力ありがとう。でも実は、このボンベの中の気体は空気で、臭いはまったくありません」 これが「暗示効果」である。

生徒にとっては「威光」を感じる立場の教師が行うから暗示が掛かるわけで、もし生徒の誰かが教師に代わって同じ実験をしても、同様の結果にはならないそうだ。

先生と生徒に限らない。学識者と一般人、医者と患者、社長と社員、上司と部下、弁護士と相談者、政治家と国民、スポーツのコーチと選手、等々の関係でも同様の「威光暗示効果」が働く――というのが従来、学問から導かれた結論だった。けれど……。

最近の世相を見て思う。同じ実験を試みた時、いま教師や政治家、社長、上司らのどれほど多くが、被験者を錯覚させるだけの「威光」 = 「信頼」を持ち得ているだろうかと。

ポロポロ、グズグズNo.614

シーズンである。花粉症の。2~4月がスギ花粉、4~5月がヒノキ花粉、6~8月はイネ花粉、8~10月になるとヨモギやブタクサなど雑草花粉と続く。多過ぎて罹患者数を正確に把握できないらしいが、2000~2200万人とみる大まかな推測を信じれば、花粉症は日本人の16~17%、6人に1人が悩んでいるいまや「国民病」といえる。

世界的にはエジプト文明当時から存在していたとされる花粉症。しかし日本では、スギは古くからある樹木であるにもかかわらず、1964(昭和39)年に東京医科歯科大学の斎藤洋三教授(耳鼻咽喉科)が論文で発表するまで、その存在や流行を示す文書は見当たらない。スギ花粉の大量飛散が始まったのは1980年代と割合最近の話だ。

それは日本の戦後復興と密接な関係があった。戦火に焼かれた都市部の再建に使うため、山の木が大量に伐採されたことが発端。その結果、山々は保水力を失い、大雨が降るたびに各地で山崩れや洪水など大規模災害が相次いだ。そのため防災対策として国は1950年代、成長の早いスギやヒノキの植林に力を注いだ。それから20~30年後。成木になった木々が、いま大量の花粉を飛ばすようになっているのだ。

同時に、私たち日本人の生活水準が向上し、食生活が良くなったことがかえって、花粉症を引き起こす原因になったとの指摘もある。人体は、栄養状態が悪いと免疫能力が低下し、細菌に感染しやすくなる。しかし、栄養状態が良く、免疫能力が強くなり過ぎても、今度は防衛本能が過敏になり、人体にさほど害のない物質に対しても全力でその侵入を阻止しようと反応するようになる。その過剰な防御反応が、涙や、鼻水、鼻詰まり、クシャミなどの「花粉症症状」になって表れるのだ。

科学的には、花粉症などアレルギー性鼻炎を引き起こす化学物質の1つ「ロイコトリエン」の原料「アラドヒン酸」は動物性たんぱく質や動物性脂肪に多く含まれ、栄養を摂り過ぎると花粉症になりやすいことが分かっている。にもかかわらず、花粉症を治す根治療法は現在のところ発見されていないから厄介なのだ。

ただ、ネット上で複数によるこんな指摘を知った。それは「喫煙者に花粉症の人は少ない」らしいこと。そこで筆者周辺の喫煙者および元喫煙者10人に聞いてみた。すると、なんと全員が「花粉症? 全然」 タバコの語源でスペイン語の「tabaco」は「薬草」の意味。だから…と言って、花粉症で悩む諸兄に、喫煙をお勧めはしづらいけれど。

バイアスだらけNo.615

「あの人の考え方は、少しバイアスがかかっているからね」などと時々、仲間内で口にしたりする。「バイアス」とは思い込みや偏見、先入観を意味し、心理学では「認知バイアス」と呼ぶ。ある事柄を評価する際、自分の希望や期待や利益に沿った方向に無意識に考えが歪められたり、目立ちやすい特徴に引きずられて他の評価が歪められたりする現象を指す。調べてみると、実に多種多様の「認知バイアス」があるものだ。

▽確証バイアス=事柄・人物を観察するとき、自分の先入観に基づき、自分の判断に都合の良い情報しか集めないし信用しない現象。

▽感情バイアス=自分を心地良くする肯定的な情報を信じたがり、自分に精神的苦痛を与えそうな不快で厳しい事実は受け入れたがらない現象。

▽自己奉仕バイアス=「自分は車の運転が上手だ」と多くの人が思っているように、成功は自分の手柄と考え、失敗の原因は他者にあると思いがちな現象。

▽後知恵バイアス=何かが起こった後で、「自分は最初からこうなると思っていた」と思ったり口にしたりする現象。

▽バンドワゴン効果=「バンドワゴン」は行列の先頭を進む楽隊車のこと。ある選択が多くの人々に受け入れられているという情報が流れると、「勝ち馬に乗れ」式にその選択への支持が一層強まる現象。

▽コンコルド効果=経済的・精神的・時間的投資をもうこれ以上続けると損失を招くと分かっていても、すでに投じてきたお金やエネルギーが惜しくてやめられない現象。英仏共同開発による超音速旅客機コンコルドの商業的失敗に由来する。

▽バーナム効果=例えば占い師に「あなたは明るそうに振る舞っているけど、心に何か悩みを抱えていますね?」などと、冷静に考えれば万人に通用することを言われただけなのに、「当たっている。すごい!」などと思ってしまう現象。

▽アンカリング効果=船は錨(アンカー)に動きを支配されるように、自分の判断が、示された数値や情報に強く影響される(縛られる)こと。例えば値札に「¥5800→¥3800」とあると、「¥3800」としか書かれていない場合より魅力的に思える心理。

載せ切れなかった「バイアス」は他にも多い。さほどに人間は、他人だけでなく自分も、他者や環境に影響され易く主体性を持ちにくい生き物なのだと、自覚していたい。

温度差No.616

宮城県女川町は東北大震災で人的被害の度合いが最も大きかった町だ。町内の死者・行方不明者は870人(本年3月11日現在)。2010年国勢調査時の町人口の8.66%、つまり1割近く及ぶ。震災後、町外に避難・転居した人も多いため、本年2月末の町内の居住者は5393人と、1万14人だった「あの日」の半分近くに減ってしまった。

その女川町に「おながわさいがいFM」が開局したのは震災からほぼ1カ月後だった。役場や防災無線が損壊し、町内10数カ所に分散した避難所や地域住民への情報伝達が困難になったため、町内をカバーする臨時災害放送局として開設されたのだ。

放送を運営するのは、女川町で生まれ育った40代から高校生までの10人。その中に女子高生「某ちゃん」もいた。「某ちゃん」という変わったあだ名の謂れは……いまとなっては分からない。名付けた中学の同級生も、震災で亡くなってしまったからだ。

「某ちゃん」は、マイクに向かうパーソナリティが役目なのに、引っ込み思案で話し下手。ただ、FM活動などを通じて感じたさまざまな思いや考えを、ブログやツイッターで素直に伝えた。その「某ちゃん」のブログを目にした一人が、映画「私をスキーに連れてって」の脚本家・一色伸幸氏。一色氏は「某ちゃん」を訪ね、言ったそうだ。「君の言葉が必要だ。君の言葉を使わせてくれませんか?」 そうして生まれたドキュメントタッチのドラマ「ラジオ」が3月26日夜、NHK総合テレビで放送された。

ドラマ内では「某ちゃん」がブログに綴った言葉がしばしば使われた。「ガレキの『受け入れ』。『受け入れる』のはガレキだけじゃないんだとふと思う。私が本当に受け入れてほしかったモノはガレキじゃなかったかも知れないとふと思う。少なくとも受け入れてもらいたかったそのモノには放射能なんて付いていない、心の奥にある清らかな優しいモノのはずだった。そんなことを考えながら、絆の文字が浮かんでは泡のようにハジけた」 そしてまた、こうも。「3.11は震災を思い出す日でもなく、黙祷する日でもない。被災地と被災地外との温度差を感じる日」 彼女の、と素直でピュアーな言葉の一滴一滴が、聴く者の胸の奥深くに沁み入り、広がって行く。

いまは大学に進学した「某ちゃん」が「東京組スタッフ」として活躍する「おながわさいがいFM」は、現在も放送を続けている。「全国の方々に女川の現状を知っていただきたい。だからぜひラジオを持って聴きに来てください」と、そう呼び掛けながら。