2012年8月のレーダー今週のレーダーへ

誤審No.582

ロンドン五輪・柔道男子66キロ級準々決勝での日本・海老沼匡×韓国・曺準好戦。両者に決定的ポイントがないまま終わった試合の旗判定で、3人の審判が全員「曺選手優勢」の旗を上げた最初のジャッジにまず驚いた。場内に起きた観客の大ブーイングが、判定の不可解さを、文字通り客観的に物語ろう。しかし、もっと驚いたのは、その審判の判定が、畳外の審判委員「ジュリー」の指示であっさり覆ったことだ。正しい判定に戻ったこと自体は当然とわれわれ日本人は思うけれど、それとは別問題として、審判と「ジュリー」の関係が飲み込みにくく、勝ちを素直に喜べなかったのは残念だ。

「ジュリー」は、とくに国際大会で問題になる誤審を防ぐため、本来は審判の補佐役として置かれるようになった。しかしその後ビデオ判定が導入され、その判定に「ジュリー」が携わるようになって以来、その役割・権限が、組織的にも実質的にもむしろ審判を上回る立場になったことが、どうやら混乱の原因になっているらしい。「畳の上の審判は、『ジュリー』の指示で動くロボットと一緒」と国際柔道連盟審判の正木照夫氏(読売新聞)。なるほど、そういうことなら今回のドタバタも納得できる。

詳しく触れる知識も紙幅もないが、俄か勉強の範囲では、今回の判定騒動の背景には、案外生臭い「大人の事情」が絡んでいそうだ、とだけ書いておこう。

「大人の事情」といえば、先週に行われた全国高校野球岩手大会での盛岡大付属×花巻東の決勝戦。盛岡大付属が5―3で勝ち、甲子園出場を決めた。盛岡大付属が、花巻東の、話題の160㌔右腕投手を攻略して2回に1点を先制、3回には4番打者が左翼に3点本塁打を放ち、その後の花巻東の追い上げを振り切ったのだ。

ただ、普通は試合中や試合後に流される「ハイライトシーン」の中に、3回の本塁打シーンはなかった。なぜ? ネット上の録画を見る限り、打球は左翼ポールの左を通過する「ファウル」に見えた。しかしアナウンサーが実況で「ホームランです!」と絶叫し、審判も花巻東の抗議を認めなかった「疑惑の本塁打」のVTRを、テレビ局が流すのを控えた、あるいは控えざるを得なかったのも「大人の事情」ではなかったのか。

コラムニスト・小田嶋隆氏の以下の指摘に同感である。「スポーツが果たしている最も大きな貢献の一つは、法と正義という、市民社会を支える理念を市民の目の前で、目に見えるカタチで実演することだ」 せめてスポーツ観戦ぐらいは、無心に楽しみたい。

故郷No.583

予定はもう決まっていらっしゃろう。今年の夏休みの過ごし方である。調査会社「リサーチバンク」調べでは、希望する過ごし方は①国内旅行43% ②自宅で過ごす34% ③海外旅行31%。しかし現実には①国内旅行27% ②自宅26% ③帰省24%になりそうで、海外旅行は6%にとどまるらしい。得てしてそんなものだ。

「帰省」といえば、この歌が浮かぶ。「兎追ひし かの山/小鮒釣りし かの川/夢は今もめぐりて 忘れがたき故郷(ふるさと)」「如何にいます父母/恙)なしや友がき/雨や風につけても/思いひずる故郷」「志しを はたして/いつの日にか帰らん/山は青き故郷/水は清き故郷」―― 唱歌「故郷」である。大正3(1914)年に尋常小学第6学年用として採用された高野辰之作詞・岡野貞一作曲のこの歌は、現在も小学6年用音楽の「共通教材」の1つとして教えられている。ただし題名は「ふるさと」と平仮名書き。現在の当用漢字音訓表には「故郷(フルサト)」という読み方はないからだそうだ。なんとも味気ない。

「日本人に、日本に、生まれて良かったという自覚を持たせた詩人といったら、私は高野辰之博士が一番だと思う」と国語学者の金田一春彦氏。画家・東山魁夷はこの「故郷」の歌に触発されて作品「郷愁」を描いたとされ、また16歳で戦場に動員された沖縄「ひめゆり学徒隊」の生存者・宮城喜久子さんは、自決用の手榴弾を手にしながら、最後に友人3人でこの歌を合唱した時、「このまま死ぬのはあまりにも悲しい」と我に返って思い止まったと「婦人公論」(2011年6月22日号)の取材に答えている。

この歌の歌詞の1番で綴るのは自然豊かな日本の田舎の原風景、2番は父母や幼友達への郷愁、3番は、立身出世し故郷に錦を飾りたいと願う胸の奥に秘めた覚悟だ。

しかし、「一定以上の年齢の人だと同じ情景を想像し、日本らしさを感じるかも知れないが、若い世代は距離がある」と首都大学東京の西島央准教授(教育社会学) が朝日新聞2012年6月28日付「教育」面で話している。西島教授は、「21世紀の日本のイメージを探る」ために、唱歌「故郷」の原曲にはない「4番」の歌詞を高校生に作らせてみたそうだ。すると返ってきた歌詞は、「メールします 今どこ/つぶやきます 家なう/各地に広がるネットワーク/つながりあう ふるさと」。あるいは「都会色に染められ/身も心も モノクロ/人の波に のまれて/どこへ行った ふるさと」……。

嘆くまい。若者たちがそう歌う社会を作ってきたのは、私たち大人なのだから。

アイスクリームNo.584

今夏は平均気温が去年より低めだったようだが、残暑が厳しいうえ、エアコンの設定温度を高めているせいもあってか、室内で汗ばむ日もまだ少なくない。

「手軽な暑さ対策として、アイスクリームを食べよう」とこの夏「アイスBiz」運動を呼び掛けていたのが日本アイスクリーム協会だ。効果に異論を挟むのは控えておくが、同協会のアンケート調査では「職場でもアイスクリームを食べ、オフィスの節電に役立てたい」という積極推進派が、全世代平均の12%に対し「40代男性は22%で、意識が最も高かった」とする結果には、「本当に?」と首を傾げたくなった。

一瞬疑いたくなりそうな話をもう1つ。アイスクリームを年間で最も多く食べる都道府県はどこかご存知だろうか? 沖縄? 違う。1世帯あたり年間消費額でアイスクリーム類の消費が一番多いのは、実は石川県8711円(2008年「家計調査」)である。次いで岩手県8067円、栃木県7988円、埼玉県7951円、福井県7852円と続く。

石川県でアイスクリームが多く食べられる理由は、藩政時代から茶道が盛んだった影響でお菓子好きの「甘党」が多いうえ、冬場の暖房の温度が全国平均に比べて高く、「暖かい部屋で冷たいアイスクリームを食べる」人が多いからだそうだ。

他方、年間の平均気温が23.4℃と全国一高い沖縄県のアイスクリームの年間消費額は4585円と全国最低。「なぜ?」と一瞬思う疑問は、機会があったら沖縄で買って食べてみれば分かる。アイスクリームはすぐ溶け出してしまい、食べられないのだ。

商品にはそれぞれ「相応しい気温」がある。ビールを飲みたくなるのは22℃、清涼飲料水は25℃、アイスクリームは27℃前後。気温がさらに上がり30℃になるとカキ氷を食べたくなってくる。ただ、カキ氷の温度は0℃、アイスクリームは-7℃前後。それなのに実際に口にするとカキ氷のほうが冷たく感じるのは、アイスクリームには乳脂肪分を練り合わせる際に空気が含まれ、舌先に伝わる冷たさが緩和されるからだ。

余談だが、「拘置所でもアイスクリームやカキ氷を買って食べられる」と経験者らしき某氏がブログに書き込んでいた。値段は東京拘置所ではアイスクリーム54円、カキ氷90円。カキ氷のほうが高いのは、誰かが氷をかくコストが乗っているからだろうか……などと意味のないことを本日の小欄に綴るのはそろそろやめよう。左手のアイスが溶け始め、このままキーボードを叩き続けるのは危なくなってきたから。

遅すぎた変革No.585

女性の襟元を美しく飾る「スカーフ」は、かつて横浜を代表する地場産業だった。歴史は安政6(1859)年の横浜港開港に遡る。当時の日本の主力輸出品は生糸。それを製品化した絹のハンカチを、明治6(1873)年の「ウィーン万国博覧会」や同13(1880)年の「メルボルン万国博覧会」に出品したところ好評だったため、さらに大判化したスカーフを売り出すと各国から注文が殺到。以来「横浜スカーフ」は、1990年代のバブル期に海外著名ブランドに押されて衰微するまで、隆盛を誇った。

そのかつての業界トップ企業が、今月13日横浜地裁へ自己破産を申請した繊維総合卸・五十嵐貿易だった。最盛期の平成4(1992)年期に231億円だった年商は、最新24年期では53億円。この間一度も回復することなく減少し続けた。破産申立書には「バブル期直後の申立人は巨額な剰余金を保有し、充分な資金を背景とした商売をしていた」とあるのに、同社はなぜその資金力を活かして経営を建て直せなかったのか?

 

申立書にはこんな記述が続く。「申立人の各部門の指揮を執り、申立人を発展させてきた幹部達は、職人気質の厳しい商売をしてきたと考えられる」「しかし、これらの幹部が引退した後、申立人の商売のやり方は、上記の充分な資金を背景に、厳しさに欠けたものと思われ、後に申立人の致命傷となる不良債権の増大は、この点にも遠因があると考えられる」「申立人は、取引相手に与信を付与する商社でありながら、与信付与についての明確なルールも決裁権限の取り決めもなく、各営業責任者の能力・知見と感覚に大きく依存してきた。会社の予算すら組んでいなかった」

信じがたい話だが、事実ならその理由は何なのか。老舗の驕りが邪魔したのか、それとも、与信の強化は一層の減収を招きかねないからとそれを躊躇ったからか。

代表者は平成21(2009)年、某商社に在籍していた子息を呼び戻すと、遅まきながら決済に関する社内ルールの整備、予算の作成、不良債権の回収や訴訟などに取り組ませた。しかし――。「申立人の習慣になじんだ古くからの従業員との間で軋轢も生じるなどし、申立人を立て直すことはできなかった」とも申立書には綴られている。

ネット上には、管理人を失った同社ホームページがまだ残されている。その「社長挨拶」欄には「歴史は新しい時代に。市場の変化は早い。自らに変革を求め、新しい可能性を提案し続けます」とも。具現化されなかった「変革」の二文字が、虚しく映る。

「知恵」次第No.586

書店が、1日1店のペースで姿を消しているという。調査会社「アルメディア」による今年5月現在の全国の書店数は1万4696店。昨年同期に比べちょうど365店減少した。いまや域内に書店のない市町村が全国自治体の17%、317市町村あるそうだ。

書店が減っている最大の理由は「活字離れ」。2011年の書籍・雑誌の販売金額は1兆8042億円、前年比3.8%減と7年連続の前年割れになった(出版科学研究所調べ)。今後は「電子書籍」の浸透も追い討ちをかけそうだ。また都市部では売場面積500~1000坪級の大型書店の出店増が、地元中小書店を市場の外に追いやっている。

「書店の淘汰は今後も避けられない」と話すのは「『本屋』は死なない」の著者・石橋毅史氏だが、「しかし」とも続ける。「経済的価値と異なる『別の何か』を求める人も増えている。書店はその『何か』を手渡す場所になり得る」(8月12日付東京新聞)

紀伊国屋書店本店(東京・新宿)が7月26日から一風変わったフェアを催している。題して「ほんのまくら ~書き出しで選ぶ100冊~」。コーナーに並ぶ100冊の文庫本は、各々の“書き出し”部分だけが印刷された特製カバーで最初から個別包装されている。内容はもちろんタイトルも著者も分からない。それを、例えば「水のように澄んだ空が星を潰し、星を現像している」「あした世界が終わる日に、一緒に過ごす人がいない」「肩にオウムをとまらせた少年が線路づたいに歩いてきた」等々、書き出しを見ただけで、客に本を選ばせるのだ。一見、不親切極まりない。しかし、客の反応は――。

「音楽でいえばイントロだけを試聴し、自分の感性で買う買わないを決めるようなもの。面白い趣向だ」「買ってみたら、普段なら絶対選ばないような傾向の本に出会えて良かった」「自分の読書の幅が広がるいい機会になった」「見ていたら楽しくなり、結局数冊買ってしまった」など、ネットには賞賛の感想や言葉が相次いでいる。

最初は1日10~20冊が売れる程度だったそうだが、ツイッターなどで「本の闇鍋みたいで面白い」と評判が広がった8月以降は、1日700冊も売れる日もあるなど大好評。25日までの予定だったフェアの期間を9月16日まで延長することになった。

一度世に出た小説には「新機能の追加」も「デザイン変更」も「バージョンアップ」もない。しかし取り上げ方、光の当て方次第では命を再び吹き込むことは不可能ではないことをこの成功例は教えていよう。まして本ならず他の商品なら、なおさらと思う。