2024年のレーダー
米国のミュージアム熱 No.975
米国人は博物館や美術館などが好きなようだ。米国ミュージアム協会の調査によると、来館者数は年間8億5000万人にも上り、MLB(メジャーリーグベースボール)やNBA(プロバスケットボール)、NFL(プロフットボール)を合わせた観戦者数の倍以上に及ぶというからすごい。
ミュージアムといってもその分野は幅広く、数においても1万6000~2万館もある。米国文化に詳しい矢口祐人氏は著書『奇妙なアメリカ』の中で、「単にモノを見せるだけではなく、それに関連する社会や文化についても論じようとする。モノからストーリーへの転換の流れがある」と、ミュージアム人気を分析する。
例えばネバダ州ラスベガスにある「全米原子力実験ミュージアム」。このミュージアムは2005年に開館し、核兵器開発の歴史を伝えてきた。軍事産業などの多額の寄付で運営されており、年間約3万人が来館する。唯一の被爆国の日本では、一般的には核兵器には否定的だが、米国では退役軍人や保守的な政治家を中心に、原爆投下は多くの兵士の命を救ったと肯定的で、このミュージアムでも核兵器に批判的な意見や、広島・長崎の悲惨さを伝える内容はない。
ロサンゼルスのリトルトウキョウに「全米日系アメリカ人ミュージアム」ができたのは1992年である。常設展は3つの部屋で構成。第1室は戦前の日系アメリカ人の労苦の多い生活を中心に、移民が受けた差別も紹介する。第2室は戦中の強制収容所に焦点をあて、米軍兵士として欧州戦線に送られた若者たちの功績を伝える。第3室は戦後の差別的な政策や法律の撤廃について触れており、3室を通して時系列に米国の日系アメリカ人コミュニティの軌跡を描いている。だが、リトルトウキョウに住む日系人は減り、郊外に住む人が多いため、中華系、韓国系、ベトナム系のコミュニティに比べて存在感が薄まっている。
「ルイジアナ州立ミュージアム」では2005年のハリケーン「カトリーナ」による甚大な災害を展示する。矢口氏によると「自然災害による被害は、国家の弱さと人間という存在の小ささ」を訴求する点に特徴があるという。被害を歴史的、科学的に説明することで、州政府が未来に向けた自己批判を行っているようだ。単に「天災」と処理するのではなく、記憶と教訓として後世に伝えている。
時代の流れ No.974
8月29日青森県の百貨店「中三」に破産手続開始の決定が下りた。4月青森店を閉店し、最後の店舗だった弘前店も姿を消した。中三は、1896年6月青森県五所川原市において呉服小売店で創業し、1964年百貨店に業態を転換。東北中心に複数の店舗を展開してピーク時の1998年には年商415億円を計上していた。その後、郊外型ショッピングモールとの競争が激化して規模縮小、店舗集約を余儀なくされ、2010年は年商185億円にまで落ち込んでいた。そして2011年3月11日東日本大震災で甚大な被害を受け、同月30日民事再生法の適用を申請した。
その後は投資ファンドの出資を得て経営再建に取り組んだ。しかし、ショッピングモールとの競合に加え、ネット通販の拡大、主要固定客の高齢化などから劣勢が続く中、2020年以降はコロナ禍が直撃し、直近の年商は17億円にまで落ち込んで、多額の赤字決算が続いていた。
地方百貨店の廃業・閉店、整理統合の話題は毎年のように聞かれ、5月には中三と同様に呉服小売で創業した北海道帯広市の百貨店「藤丸」が破たん。また同月、鹿児島県唯一の百貨店である「山形屋」は債権者会議で事業再生計画が合意され、事業再生ADRが成立した。
一方、「全国百貨店売上高概況」をみると様相が異なる。7月の概況は売上高が前年同月比5.5%増の5011億円余、入店客数が同2.3%増。売上高・客数とも29カ月連続のプラスだ。だが、内容を精査すると、これらの数値は都市部のインバウンド効果によるものであることがわかる。7月のインバウンド(免税売上)は633億円で、このほとんどは都市部(東京、大阪、名古屋等の10都市)の百貨店によるもの。10都市以外の売上高をみると7地区中、6地区が前年対比マイナスになっている。プラスの中部地区も「閉店セールが活況」とあり、都市部の好調とは内実が異なる。つまり、百貨店全体が盛況なのではなく、都市部のインバウンドが盛況なのであって、その恩恵を得られない地方都市は新型コロナ5類移行後も厳しい商況を強いられている。
休日に家族で町の繁華街に出かけ、百貨店内のレストランで食事をして、買い物を楽しむ文化自体が廃れているのだろう。これも「時代の流れ」かもしれないが、なにか昭和の光景のひとつが失われていくような気がして、ある種の寂しさを覚える。
フレンチブルー No.973
セーヌ川の水質問題、選手村の食事、酷暑などさまざまな問題を抱えて閉幕したパリオリンピック。そして28日、パリの中心にあるコンコルド広場とシャンゼリゼ通りで開会されるパラリンピックは、どんな熱戦が繰り広げられるのか。
「手にした者は必ず呪われ、そして死に至る」と伝えられる恐ろしい宝石がある。ジュエリー業界で、知る人ぞ知る青いダイヤの名は「ホープダイヤモンド」。この宝石がフランスにゆかりがあることから“フレンチブルー”とも称される。
ホープダイヤモンドはかつて革命の最中にあったパリに登場する。フランスの貿易商によって持ち込まれ、ルイ王家の家宝となるが、38歳の若さでギロチンで公開処刑された王妃マリー・アントワネットの死もダイヤを受け継いだ呪いといわれる。
それ以降も、亡霊のようにヨーロッパ各地に現れては消え、人手に渡り、そして持ち主を次々と不幸のどん底に突き落としていった。――「最初にホープダイヤを購入したフランス人は熱病で死亡」「ダイヤを奪った軍の隊長は、ペルシア国王にこのダイヤを献上して喜ばれたが、軍隊長自身は謎の自殺を遂げる」「1668年にルイ14世に売却したが、これを売りさばいた行商人は、のちにロシアで野犬に食い殺された」「宝石の呪いでマリー・アントワネットの親友も暴徒に八つ裂きにされた」「映画『タイタニック』で不運な死を迎えたヒロイン・ローズが身につけていた青いネックレスがホープダイヤモンド」などの話があるものの、その信憑性は薄く、都市伝説のようだ。
ホープダイヤモンドは、サファイアを思わせるような濃くきれいなブルーで、もともとは9世紀頃にインド南部の川から発見されたという。1824年にフランスの銀行家であるヘンリー・フィリップ・ホープのコレクションに登録され、彼の名から取って「ホープダイヤ」といわれるようになった。
世界でジュエリービジネスを展開するカルティエは「19世紀のほとんどの間、銀行家のホープ卿が所有していたこのダイヤモンドを、1910年に買い取り、ペンダントに装飾した」と紹介している。価値にすると200億円とも300億円ともいわれ、世界でも有数の高価なダイヤの一つである。
不思議な伝説を生み出す魅惑のフレンチブルーのダイヤは、いまワシントンDCのスミソニアン博物館に所蔵されている。興味があるなら、足を運んでみてはいかがか。
郵便料金値上げ No.972
日本郵便は、10月1日から郵便料金の一斉値上げを行う。定形郵便物の封書は、重さ25グラム以下の料金が現行の84円から110円になり、26円(約3割)もの大幅な値上げである。またレターパックライト(青色)は370円から430円に、レターパックプラス(赤色)は520円から600円に値上げする。レターパックは、追跡可能で速達並みに早く、ポスト投函もできて非常に便利な郵送手段だ。値上げ前の駆け込みでまとめ買いも考えたが、残念ながら改定後は差額分の切手を貼らないとダメらしい。
郵便料金の値上げは、消費税率の引き上げを除き1994年以来30年ぶりのこと。郵便の利用数減少に加え、物流コストの上昇で営業費用の増加が見込まれるためだ。総務省によると、郵便事業は2022年度に民営化後初の赤字となり、23年度も896億円の赤字だった。安価で全国に届くことが郵便のメリットであったが、電子メールやSNSの普及によるデジタル化で郵便利用数の減少に歯止めがかからない。2001年度の262億通をピークに、22年度には144億通と45%減少している。今後も赤字が続く見通しだ。
BtoBプラットフォームを運営するインフォマートが5月末、請求書やDMなどの郵送業務に関わる会社員481名を対象に実施した調査によると、郵送処理にかかる年間人件費を試算すると約227万円になることがわかった。
1か月あたりの郵送書類の枚数を調べると、平均郵送枚数は約1260枚となり、郵送書類一通あたりにかける時間の平均値は約7分。これをもとに年間の人件費を試算すると、「月間1260枚(通)×平均処理時間7分×平均時給1285円×12か月=227万円」となり、意外と大きな人件費コストだといえる(平均時給は厚労省「令和2年賃金構造基本統計調査による職種別平均賃金(時給換算)」から)。
この調査結果に出てきた平均郵送枚数約1260枚をもとに郵便料金を計算すると、現行の25グラム以下の84円で10万5840円、新料金の110円で13万8600円となり、1か月で3万2760円のコストアップとなる。郵便料金など微々たるものと侮るなかれ。塵も積もれば何とやらだ。
今後も電子請求書サービスなどの導入が進むことで紙の請求書離れは必至だ。否が応でも、紙ベースの郵送業務をデジタルに置き換え、人件費や切手・印紙代、印刷代などコスト削減に取り組まざるを得ないだろう。
未来の話ではない2030年問題 No.971
2030年問題、2040年問題、2050年問題…10年のスパンでそれぞれの時代に起きる問題が懸念されている。
それに先立ち来年に迫った「2025年問題」は、団塊の世代が全て75歳以上となり、後期高齢者が全人口の17.8%、約2180万人に達することで人口問題が顕在化するというものだ。そして、その5年後さらに少子高齢化が進み、日本の人口の約3割が高齢者になるというのが「2030年問題」である。
企業にも重大な影響を与える可能性があると指摘されており、その主な問題は、深刻な人材不足、人材確保競争、人件費の高騰、そしてそれらに伴う企業業績の悪化の4つである。労働需給調査によると、2030年の労働需要が7073万人に対して供給される労働人口は6429万人で644万人不足する見通しであり、人材獲得競争が激化して人件費が高騰する。さらに人手不足から営業や販売の人員が足りなくなり、顧客が他社に流れるなどで業績格差が顕著となり、人材不足による倒産も増加すると予想されている。人材不足はほとんどの業界で生じるとみられるが、中でも建設、観光、航空、IT、医療・介護の5業界で特に厳しい予測になっている。
そして「2040年問題」は、それがピークに達し、少子高齢化による生産年齢の減少が一層進むことにより、問題が深刻化することを指し示すものである。しかし2030年にせよ2040年にせよ突然やってくるわけではない。ただ来るのを待つだけでなく、今から有効な対策を講じておくことが少しでも問題の解消や緩和につながるのではないか。
では、どのような手立てがあるのか。ある経営コンサルタントは次の対策を挙げている。まずテレワークやフレックスタイム制の導入、副業容認などの働き方改革を進めることで女性や高齢者が働きやすい環境を整備する。そして新しいスキルの取得など若年層、未経験者などの人材育成に注力し、デジタル化を推進して、業務の効率化、時間の短縮や正確性を向上させることである。そして福利厚生の充実で若手社員が働きやすい環境を整え、離職防止や労働意欲の向上を図ることを指摘する。
一方、個人については、健康維持、生活環境の見直し、資産形成など将来の生活に備えた準備が求められよう。2030年問題は、企業にとっても個人にとっても決して遠い未来の話ではない。
肋骨服 No.970
今年は1904年の日露戦争開戦からちょうど120年である。CS放送で1981年の映画『二百三高地』が放送されていたが、今回は、この映画で乃木将軍が着用した軍服“肋骨服”に注目したい。1月公開の映画『ゴールデンカムイ』の鶴見中尉も着ていた胴体前面に飾り紐を横向きに複数本付けた軍服のことで、この飾り紐があばら骨のように見えることから日本では肋骨服と呼ばれている。
肋骨服の起源は16世紀、オスマン・トルコ軍の軍服を真似たハンガリーの軽騎兵が発祥とされる。ユサールはタイトで裾が短く、刺繡や飾り紐を施した上衣を着用しており、これが17世紀後半にヨーロッパに広まった。ユサールの任務は偵察、奇襲、後方攪乱であるため、機動力を発揮すべく軽装備に徹していた。馬上では重たい甲冑や防盾を装備できないため、敵兵のサーベルや槍の切っ先から致命傷を避ける最低限の防御として飾り紐が装着された。なかには防御性を高めるべく胸部に何十本も隙間なく装着したものもあった。しかし、時代の変遷とともに装飾性が強くなり、フランスのナポレオンが兵員徴募のために取り入れた豪華で勇壮な装飾が好評で、ユサールのみならず、すべての兵科で採り入れられるようになった。
衣服標本家の長谷川彰良氏によると、当時の軍服は反身を強調する構造になっていて、胸板を厚く、姿勢を強制的によく見せる造形美を追求していたという。前身頃がAラインのようにハの字型に開いており、ボタンを閉めていくと胸のボリュームが強調され、胸を張った力強さを表現できたそうだ。
日本では、明治時代に陸軍が制定した明治6年制式軍衣袴で、将校と下士卒の区別を明確化すべく、将校の軍服に濃紺絨の肋骨服を正式採用した。日露戦争では「明治33年制式軍衣袴」が着用されたが、より実戦向きデザインに更新した「明治37年戦時服」で肋骨服は廃止された。ただし、アメリカ陸軍士官学校や各国の儀仗隊などでは儀典用制服として、現在も着用されている。
また、1970年代にビートルズのアルバム『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』のジャケット写真の肋骨服を模したポップ調コスチュームを契機に、日本でもグループサウンズでミリタリールックが流行するなど、現代ファッションにも影響を与えたのである。
環境変化への適応 No.969
「北陸新幹線で恐竜王国福井へ行こう!」――先月、延伸した北陸新幹線の福井行きを誘う旅行会社の広告コピーである。福井駅前では実物大の動く恐竜が出迎える。恐竜の化石が見られる博物館、恐竜をモチーフとした部屋のある恐竜ホテル、恐竜に関する雑貨や土産品の販売など、まさに福井は恐竜王国である。
1982年、福井県勝山市で中生代白亜紀前期のワニ化石が見つかったことをきっかけに大規模な発掘が行われ、多くの恐竜の化石が発見された。日本で発見された恐竜の化石のうち約8割は福井県で見つかっているといわれる。
恐竜は今から2億2800万年前から6500万年までのおよそ1億6000万年もの長い間、進化によって姿を変えながら環境変化に適応し地球に棲息していた。しかし、世界各地で発掘された標本を集めても、当時、生きていた種類の4分の1にしか過ぎないといわれ、全体像は依然として謎のままである。絶滅した原因についても、巨大隕石の衝突とか火山活動などいろいろな説があり、興味は尽きない。
ある経営者は「1億数千万年もの間、あらゆる生物の上に君臨してきた恐竜たちが最後に滅びていった。このような現象は企業のあり方ともつながる」と言う。環境に適応した恐竜たちは、その環境が続いているうちは強かったが、大きな変化に勝てなかったのだ。隕石の衝突などの突然のアクシデントはもとより、恐竜たちは自らの大きな身体をもてあまし、食べ物が無くなり滅んでいったという説もある。
企業も大きくなり過ぎたり、市場の縮小によって互いにパイを奪い合い、滅んでいくことがある。ところが恐竜は鳥に姿を変えて今も生きているという説が有力。福井県立恐竜博物館の資料にも「鳥類は羽毛の生えた獣脚類(羽毛恐竜)の仲間から進化した」と書かれている。近年の研究では祖先の獣脚類から鳥へと羽毛や骨格が飛ぶことに特化して進化したことが分かってきた。環境適応の道として、恐竜は鳥というそれまでとは違う特性を生かした姿に進化したということである。
見た目の大きさや強さだけでなく、生存するために本質を見失わず、それぞれの特性を生かすことで、生き残る術を手に入れることが出来るのである。
環境の変化にうまく適応していく技は、企業のあり方、生き方に通じるものがあるのではないか。
マーフィーの法則 No.968
行列の長さだけを見て並んではいけない…ネットニュースに「レジの行列が早く進む列を見分けるコツ」というのがあった。
混んでいる時間帯のスーパーのレジで、どの列に並ぶか?―「待っている人数が少ない列」「待っている人のカゴの中身が少ない列」「レジ係の手際の良い列」などがある。多くの人は「人数が少ない列」を選ぶが、この選び方は正解ではなく、それよりも「いかに列がスムーズに流れているか」を見る方が良いという。確かに並ぶ人が少なくてもレジ係の処理が遅いと、待つ時間は長くなる。列が長くてもスムーズに流れていれば、待つ時間は少ないのである。
ところが世の中、予測どおり行かないことが起こる。並んでいる隣の列がスムーズに流れていると思い、移った途端、前の人が店員にポイントカードを求められて探したり、支払いに小銭をゆっくり数えたり。そうすると、流れが一気に止まってしまい、元の列の方が早かったということも少なくない。
こんな経験はほかにもある。なくしたものが一つ見つかると、ほかの何かが一つなくなる。急いでいる時に限って赤信号にひっかかる。傘を持って出かけると雨が降らない。調子の悪い機械を人に見せようとすると通常通り動く。…日常生活には説明のつかない皮肉な現象が時として起きる。昔からいわれる「マーフィーの法則」である。
1949年、アメリカ空軍のテスト飛行で、間違った設定をしたため、メーターが故障した。その時、エンジニアが「いくつかの方法があって、一つが悲惨な結果に終わる時、人はそれを選ぶ」と言った。このエンジニアがエドワード・A・マーフィー・ジュニアである。マーフィーの法則は、生活の中での法則として広がり、日本では30年ほど前に書籍のヒットなどで大きな話題を呼び、その後も語り継がれている。
マーフィーの法則で起こるマイナスの出来事は、対処方法の選択に役立つといわれる。マイナスの出来事を事前に把握していれば、それに応じた対処方法を考えておくことが出来るからだ。把握していないと想像以上に時間を費やすことになり、それが仕事の遅れやミスにつながる。
「忙しい時ほど、問題が発生する」「失敗する可能性のあるものは、いずれ失敗する」。マーフィーの法則は、いつの時代も人間の真理をついている。
サイダー瑪瑙 No.967
もうひと昔も前のことだが、学生時代に北海道周遊の旅に出かけた。旅の終盤、礼文島で泊まったユースホステルで「すぐ前の海岸で瑪瑙が見つかるかもしれないよ」と教えてもらった。瑪瑙がどんなものかよく知らないまま浜辺に降りて、とりあえずそれらしい石を探していたら、近くにいた友だちが「きれいな石見つけた!」と声を上げた。掌にのっていたのは青緑色の小さな半透明の石。ちょっと色が違うようだけれど、もしかしたら珍しい瑪瑙かもしれないねと話しながら宿に戻り、受付の人に石を見せて尋ねると「これはサイダー瑪瑙ですね」と笑って答えてくれた。不思議そうな顔をする私たちにサイダービンの欠片が波でもまれて角が取れてまるくなったものと教えてくれた。それがシーグラスと呼ばれていることを知ったのは、ずいぶん後のことだ。
私たちは次の日も海岸に出て、宿で見せてくれた本物の瑪瑙を頼りに探したが、結局見つからず代わりにサイダー瑪瑙をいくつか拾った。その時拾ったサイダー瑪瑙は大切に持ち帰ったが、いつの間にかどこかへいってしまった。
この出来事を思い出したのは、いま鉱物がちょっとしたブームだという記事を読んだからだ。鉱物採集のツアーもいくつか企画されており、岐阜県下呂市の笹洞鉱山の蛍石採集ツアーなど、人気のものはすぐ満席になってしまうという。写真を見るとブラックライトを当てて幻想的に輝く蛍石はたいそう美しく、一度でいいから実際に見てみたくなる。新潟県糸魚川市にあるヒスイ海岸でのヒスイ探しにも心惹かれる。とはいうものの、どちらも簡単には行けそうにない場所だ。まずは有名な鉱物採集の場所でなくてよいので、近場でお気に入りの石を見つけて拾ってみるのも楽しいかもしれない。今から思えば、サイダービンの欠片を瑪瑙ではないかと尋ねた私たちに、丁寧に説明してくれた宿の人には感謝しかない。彼のお陰でサイダービンの欠片が私たちにとっての瑪瑙となったのだから。
ところで、ネットで調べてみると、思いのほか多くの石拾いスポットが見つかった。石拾いに関する本もあり、どうやら“石拾い”は立派な趣味になっているようだ。石拾いマニアはそれぞれ近場でも石拾いを楽しんでいるようで、これなら無理して鉱物の産地に行かなくとも近くの河原や海岸で楽しむことができる。本物の瑪瑙やヒスイが見つからなくとも、自分だけの宝物になる石はきっとあるはずだ。
「辰巳天井」 No.966
2024年は「甲辰」の年。甲は十干の最初に出てくるもので、固い亀の甲羅に由来する。種子が厚い皮に守られて芽を出さない状態を表しており、「陰陽五行思想」では「木の兄」と表記し、五行の「木」は生長、春の象徴であり、生命や物事の始まり、成長を意味する。また、「辰」は十二支の5番目で「振るう」という文字に由来しており、自然万物が振動し、草木が成長して活力が旺盛になる状態を表す。辰は竜(龍)のことでもあり、十二支で唯一の空想の存在だが、東洋では権力・隆盛の象徴とされている。このことから甲辰の年は、成長した芽が固い甲羅を割って龍の様に天に昇らんとする年回りであり、これまでの努力が成果につながる年といえよう。
昨年卯年は相場格言「卯は跳ねる」のとおり、日経平均株価は跳ね上がった。今年は「辰巳天井」。日経平均株価は4営業日続伸し11日の終値は3万5049円、バブル経済期以来約34年ぶりの高値を付けた。
景気回復に期待して「辰」にまつわる「縁起のいい格言」を並べてみた。
◆画竜点睛
一番大切な一点を加えることで物事が完成させること。
◆足元から竜が上がる
身近で突然意外なことが起こること。急に思いついて物事をはじめること。
◆登竜門
鯉が滝をのぼって竜になったという中国の故事から、立身出世の関門のこと。
◆竜は一寸にして昇天の気あり
優れた者は、幼い時から非凡なこと。
◆竜の雲を得る如し
竜が雲を得て天に昇るように、英雄豪傑が機を得て盛んに活躍するさま。
◆竜驤虎視
威勢のあるものが権勢をふるって世界を睥睨するさま。
◆臥竜鳳雛
優れた人物が好機を掴めず、世間に隠れていること。三国志の諸葛公明と龐統士元の故事から。