コラム


 無 視  No.555
 脳に関わる病後には、健常者には理解しにくい後遺障害が現れたりする。ある女性の場合、他の知覚や認識には何の障害も残らなかったのに、たった1つ、ある脳力を失った結果、道路を渡るのがとても恐くなってしまったという。大脳皮質のわずか4ミリ四方の領野を損傷したため、「動き」に対する知覚・認識が著しく低下し、向こうに見える車やオートバイ、自転車などが、止まっているのか、動いているのか、判断できなくなってしまったのだ。彼女の目には、まるで「静止画」が飛び飛びに表れるのと同じように映るのだそうだ(=脳科学者・澤口俊之著「わがままな脳」から)。

 ネットでは、昨年6月にクモ膜下出血で倒れたものの、幸い命を繋いだ「アラフィフ主婦」さんが、その後、後遺症に悩まされ、戸惑いながら暮らす日常生活を、おそらく努めて明るく振る舞いながらブログに綴っている。その彼女の戸惑いとは――。

 ▽新春セールの買い物に出かけた。ご主人のジャケットがなんと「980円」。「安~い。買おうよ!」と言ったところ、ご主人にたしなめられた。言われて値札を見直すと、値段は「3980円」。左端の数字の「3」が見えていなかったのだ ▽自分が使った後の洗濯機の中を祖母がまじまじと眺めている。自分では全部取り出したつもりなのに、洗濯槽の左側に洗濯物が残されたままということがたびたびあるらしい ▽久しぶりにパソコンを使おうと向かったが、キーボードの下段の左端にあるべき「Z」の文字キーが、ない。30分も格闘して、やっと「Z」キーを見つけた――等々。

 むろん、彼女は冗談を書いているわけではない。脳溢血などで大脳の主に右半球を損傷した場合、両眼の左側の知覚・認識を司る機能が損われることがある。視野の半分しか認識できないことから「半側空間無視」と呼ばれる後遺症状である。左目の視力が失われたわけではなく、両眼で見えているのに脳が視野の左半分を認識しないのだから、食卓の左側に置かれたおかずを気付かず食べ残すし、魚を食べると右半分だけを食べる。ネギを切っても、左側の15cmほどは、切らずに残したまま包丁を置いてしまう。

 こうした「半側空間無視」で一番困るのは、半分しか見えていないことに本人が気付かないことだそうだ。ハタが思うより厄介で大変な生活だろうと拝察する。

 野田首相が眼帯姿で登場した。暗闇で眼の付近を柱にぶつけたのだとか。でも、最近の彼は「半側空間無視」ならぬ「国民存在無視」のように見えるから、同情しにくい。

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