コラム


 「呉越同舟」の覚悟こそ  No.549
 中国春秋時代の兵法書「孫子」では、戦う場所の位置・性質によって戦い方を変える必要を説き、その戦場を9タイプに分けて「九地」と称している。いわく――。

 ▽散地=自国の領土内で戦う戦場。兵士が家に戻りたがって気が散るので、散地では戦ってはならない ▽軽地=敵の領土内だが自国との国境に近い戦場。兵士に里心がつきやすく覚悟が決まらないので、長く留まってはならない ▽争地=敵味方が奪い合う戦場。敵が先に占領している時は攻めてはならない ▽交地=敵味方が比較的自由に進出できる戦場。補給路を断たれないように注意する。

 ▽衢地=先取すれば周辺の諸国も制し得る重要な戦場。外交交渉で味方を増やすように努める ▽重地=敵の重要拠点のさらに奥に位置する戦場。食糧確保に注力する ▽圮地=森や山岳、湿地帯など作戦行動を取りにくい戦場。速やかに通り過ぎる ▽囲地=侵入路が狭く、帰りも大きな迂回を迫られる戦場。脱出路を確保しておく ▽死地=敵と対面したら戦う以外に逃げ場のない戦場。全員が命を捨てる覚悟で戦う。

 そう、私たちが現代でも使う「死地」という言葉は、本来は「死に場所」のことではなく、大将も兵士も全員が一致団結、力を合わせて敵と戦うべき場所を指すのだ。

 「呉越同舟」の故事成語も、この「九地」に由来する。その意味も、いま定着しているような「仲の悪い者同士が同じ舟に乗っている状態」を指すものではない。「強風で転覆しそうな舟に乗り合わせてしまった時は、日頃仲が悪い呉人や越人でも、互いに助け合って危機を乗り越えなければならない」との意味で、「死地」においては、さほどに強い心構えが大事と「孫子」は説いているのだ。

 ビール業界トップの座を争うアサヒ、キリン両社が今年6月末、配送・回収部門の協業に踏み切った。若者のビール離れという共通の危機(=死地)意識のもと、コスト削減で協力し、互いが生き残る道を探った結果であり、正しい「呉越同舟」の姿といえよう。

 ところが――。一方でいま話題のニュースと言えば、オリンパスの巨額損失隠しや大王製紙前会長による巨額借り入れ、コーチ人事などをめぐるプロ野球「読売巨人軍」のお家騒動、等々。1つ1つは極めて単純で低次元な企業内不祥事であることが残念だ。

 「問題」の存在を、承知していても見て見ぬふりをし、解決を先延ばしする日本人の性格。あえて「死地」に追い込む荒療法が必要なのかも知れないと思う、企業も政治も。

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