コラム


 消えた送電線  No.547
 国土地理院がネットで公開している電子地図では、今年2月から、従来は載っていた「送電線」の位置が表示されなくなっていることを朝日新聞(11月12日付)で知った。

 2月からの変更では、これまでは地図に表示されていなかった「踏切」「公園」「延べ床面積1万㎡以上の大型商業施設」「高さ60m以上の高層ビル」などが新たに表示されるようになった一方、「記念碑」「塀」「植生界」や「変電所」「送電線」などが表示されなくなった。後者2つが消されたのは「資料収集等の問題もあり、完全なる送電線ネットワークの整備が困難なため」と同院。早い話、変電所や送電線に関する正確な位置情報を、電力会社から得られなくなったためらしい。その理由までは明らかにされていないが、テロ対策など保安上の問題にあろうことは容易に察せられる。

 しかし、ネットの地図サイトではベランダの洗濯物まで見られてしまう時代に、変電所や送電線の位置を地図上から消すなどは「時代錯誤も甚だしい」と日本国際地図学会評議員の田代博氏はいう。「山歩きでは、送電線や鉄塔は、山座同定や現在地の確認に役立つ有力なランドマークなのに」とも。「山座同定」とは、山頂に立った際、そこから見える山々の名前を、地図に照らしながら割り出すことを指す登山用語だ。

 ネット上に多い批判意見の中には、「戦時改描のようだ」との声もある。戦時中の日本では、防空上の理由から軍の施設や貯水池、火薬庫などを「田畑」「沼地」「公園」などと偽って表記した。それが「戦時改描」。兵器工場があったため島ごと地図から消された瀬戸内海・大久野島の例もある。しかし、そんな偽計がまったく無意味な現代であることは、北朝鮮ミサイルを監視する軍事衛星の精密写真を見れば明らかだ。

 「これからは地図とコンパスでなく、GPSでの山歩きが基本になるのか」と“山好きブログ”の管理人がボヤいていた。たしかにGPSはとても便利だ。しかし、「カーナビ」の簡便さに慣れ、頼り切るようになった結果、私たち現代人は、方向感覚や観察力、イメージ力、危機察知力など人間が本来持っていた動物的能力をどれほど弱めることになってしまっただろうかと、最近痛感している諸兄も少なくないのではあるまいか。

 それなのに。いまはなんと、スマートフォンをかざすとその方角にある山の名前を画面に表示してくれる無料「山座同定アプリ」まであるそうだ。人間社会は進歩しようとしているのか、それとも退化しようとしているのか ―― いささか考え込んでしまう。

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