コラム


 原発論議  No.539
 福島第一原発の事故後、新規計画の是非が争点になり注目されていた山口県上関町の町長選は、原発計画推進派で現職の柏原重海氏が反対派市民団体代表の対立候補を大差で破り3選を果たした。中国電力が上関原発計画を発表して以来、同町が受け取った関連交付金は45億円。11年度も町予算44億円のうち11億円を交付金が占めるという過疎の厳しい財政の現実が、多くの選挙民に本心は不本意な選択を強いたのではないか。

 野田首相は20日、米有力紙の取材に対し「再稼動できるものはしないと電力不足になり日本経済の足を引っ張る」と答えた。22日の国連本部での演説でも「日本は原発の安全性を世界最高水準に高める」と語った。退陣前の菅前首相が表明した「脱原発依存」の方向を、日本国のリーダーとして微妙に修正したように受け取れる。

 いまそういう時期だからこそ、読んでおきたい本がある。堀江邦夫著「原発ジプシー 被曝下請け労働者の記録」である。フリーライターの筆者が「原発の<素顔>が霞んで見えることへのいらだち」を解くため、「実際に現場で働きながら自分自身の目と耳で確かめたい」と考え、1978年9月~1979年4月にかけ美浜(関西電力)、福島第一(東京電力)、敦賀(日本原子力発電)の各原発で、定期点検時の下請け労働者として働いた実体験を日記風に綴っている。増補改訂版が今年5月に復刊されたのは時節柄だろう。

 堀江氏は同書で「原発反対」をヒステリックに叫んで批判しているわけではない。むしろ、実体験を通して事実を冷静に、客観的に捉えるよう努めながら、時に「なぜ?」と彼が感じた疑問を素直に投げ掛けているようにみえる。しかしだからこそ余計、空調や放射線防御の設備が整った中央制御室以外の原発設備内での、労働環境の劣悪さ、放射能汚染チェック体制のルーズさ、安全教育の杜撰さなど、少なくとも彼が体験した30余年前の原発の施設・設備、安全管理面での問題の多さを知ると、愕然とする。

 いや、「愕然とする」などとウソを書くのはよそう。原発を動かしている、電力会社の社員ではないその何十倍もの下請け労働の人々がいかに劣悪で危険な環境で働いているかを、私たちも内心想像できているのではないのか。気付いているにもかかわらず、彼らが届けてくれる日々快適な「電化生活」を失いたくないため、「日当いくら」で働く彼らの犠牲を、私たちは見て見ぬふりをしているのではないのか? 原発問題を真剣に議論するのなら、私たちが目を逸らしてはいけない問題がまだまだ多い気がする。

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