コラム


  「縮める」ということ   No.483
 「ムズい(難しい)」「キモい(気持ち悪い)」「ハズい(恥ずかしい)」「コクる(告白する)」等々、 若者言葉の特徴の1つは言葉を「縮める」ことだ。「元カレ・元カノ」「就活・婚活」程度ならまだしも、「セパる(切羽詰る)」「カリパク(借りたまま返さない)」と来られると「チョイ待ち」と言いたくなる。ただし。「ハゲる」と聞いて条件反射的に腹を立てると、かえって墓穴を掘るかも知れないからご用心。「ハゲる」は最近、若者の間では「(アイスクリーム店の)ハーゲンダッツに行く」の意味だそうだから。

 「縮めればいいっていうもんじゃない」と眉をひそめる資格は、大人世代にもない。「タナボタ」「ダメモト」「ヤブヘビ」はすでに日常に定着した縮め言葉だし、会社の懇親会で「銀恋、銀恋!」などと叫びながら女性社員に「カラオケ」のデュエットを強いる「セクハラ」をしていませんか? また、筆者に同じ質問を聞き返さないでほしいが「インフラ」が「インフラストラクチャー」の、「ゼネコン」が「ゼネラル・コントラクター」の縮め言葉であることを、ちゃんと知ったうえで使っていますか?

 韓国の文芸評論家で初代文化相の李御寧(イー・オリョン)氏は、1982年発刊のベストセラー「『縮み志向』の日本人」の中で「日本人の意識の底には『縮み志向』がある」と書いた。

 李氏によると、「安」の漢字を崩して「あ」を、「以」から「い」を作った平仮名文字も日本人の「縮め志向」の表れだが、「日本の言葉遣いを観察すると、頭だけを残してあとはみな省略してしまう、世界でも珍しい縮小語を使っている」と指摘し、その際たる言葉が「どうも」だと書いている。「どうもありがとう」「どうもすみません」「どうもお気の毒です」「どうもけしからん」と内容はその時々で様々なのに、日本人は全部「どうも」のひと言で気持ちを伝え、相手も意味を理解してしまう。

 あいさつ言葉もそうだ。「“今日は”いい天気ですね」「“今晩は”いい夜ですね」「“ただいま”帰りました」「“左様なら”これでお暇します」などと本来はフル・センテンスで続けるべきなのに、頭部分だけに縮めて使い、それで充分事足らせている。

 ほかにも盆栽や、コンパクトな枯山水で広大な自然や宇宙さえ表現する庭造りなど、日本独得の「縮め文化」の良さを否定するわけではない。けれども、最も縮めなければならないはずの、家族や友人、地域の隣人、さらには国家と国民、会社と社員等々、人と人を繋ぐ心の距離感がますます離れていく今日社会の状況を、とても悲しく思う。 

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