コラム


 巧遅か、拙速か  No.393
 迷走を繰り返した「定額給付金」問題。12日朝の報道によると政府は結局、控除後の課税所得1800万円未満の世帯を対象に1人当たり1万2000円を支給するが、所得制限の基準等を法律で明確に定めることはせず、高額所得者には受け取りを「自発的に辞退してもらう」方式をとる方針を固めたようだ。苦肉の策とはいえ、なんとまあ曖昧な話だろう。というより、今回の話そのものが、そもそも拙速ではなかったのか。

 誰だってお金は欲しいに決まっている。けれども、朝日新聞の世論調査では63%が今回の定額給付金を「必要な政策とは思わない」と答え、共同通信調査でも同様の回答が58%に上った。なぜなのか――。いまこの時期に定額給付金を支給する目的が、「追加的経済対策」とは言いながら実態は、遠くない総選挙を強く意識した政府・与党のいわば「事前運動」であることを国民の大半が知っているからであり、そうした「ワケあり」のお金をもらうことに、どことない抵抗感を抱いているからではないだろうか。

 ましてその財源は、役人の無駄遣いを徹底的に削ったり、天下り官僚が手にした巨額の退職金を返させたりして生み出したものではない。すべて国民自身が、減り続ける給料から納めた税金である。加えて、この定額給付金が民間消費支出を押し上げる効果は0.2%程度に過ぎないと聞くと、経済政策としての効果にも疑問を持つ。その程度なら、1万2000円をバラ撒くより、総額2兆円を医療厚生費などもっと重要な使途に重点的に使ってもらったほうがいいと考える国民が少なくないのではあるまいか。

 孫子の兵法に「巧遅は拙速に如かず」の言葉がある。「上手で遅いよりは、下手でも早いほうがよい」の意味で、ジャスト・イン・タイムの「トヨタ生産方式」を確立した大野耐一・元トヨタ自動車副社長は好んでこの言葉を使った。

 折りに触れ自分が企業経営の経験者であることをアピールする麻生さんは、その伝であえて「拙速」の道を選んだのかも知れない。しかし大野氏は、こうも言っている。「知恵は必ず出てくる。ただし残念ながら、知恵は本当に困らないと出てこない」

 「給付金という言葉は聞こえが悪いから、別の名称にしようか」などという声まで一部に出ているそうだ。「後期高齢者医療制度」を「長寿――」に言い換えることで国民の批判をかわそうとし、失笑を買ったついこの間の経験を何も学習できていない政府・与党。本当の危機感をまだ感じられていないようなのが、何よりも悲しい。

コラムバックナンバー

What's New
トップ
会社概要
営業商品案内
コラム
大型倒産
繊維倒産集計