コラム


全然大丈夫 No.291
 松井秀喜選手が巨人に在籍中、そのフリーバッティング練習を見ていた長嶋茂雄監督が言ったそうだ。「うん、いいよ。全然いい」 「全然+いい」――日本語が時々怪しくなる長嶋さんとはいえ、「全然+肯定形」という、最近目立つあの言い回しはどうなのだろうかと、誰かが雑誌に遠慮気味に書いていた記憶だけが残っている。

 「全然」という言葉の後には、例えば「〜心配ない」などと否定形の表現が本来続くべきなのに、近頃は「全然大丈夫」というように肯定形を続ける誤った用法が多くみられるのは、「日本語の乱れ」を示す嘆かわしい風潮だ、とする声が少なくない。

 実際、ある日本語教師が自身のホームページで行なったアンケート調査(サンプル数100人)でも、「全然大丈夫」という表現を「変ではない」と答えた割合が多かったのは10〜20代(62%)の若い世代で、30〜40代では「変だ」と思う人が66%、50〜60代では69%と大勢を占めていた。ただし、「間違っているとは思いながら、自分もついつい使ってしまっている」と白状する人も、少なくなかったが。

 しかし――。「全然大丈夫」と口にするたびに内心後ろめたく思う必要は、実は、ない。「全然+肯定形」こそ、平安時代から明治まで続いていた「本来の用法」で、「全然+否定形」は昭和に入ってから広まり、定着した表現のようだからだ。以前の用法は、文豪の名作にも残る。「一体生徒が全然悪いです」(夏目漱石「坊ちゃん」)、「母は全然同意して…」(正宗白鳥「何処へ」)、「全然暇になるから…」(志賀直哉「暗夜行路」)等々。「全然」を、打ち消しの言葉を伴わず、「まったく」とか「すっかり」の意味で用いることが、珍しくないと言うより一般的だった時代があったのだ。

 肯定的な使い方もあった「全然」の用法が、ではなぜ、いつの間に「それは誤り」と決め付けられてしまったのか――調べてみたが、結局分からなかった。「教科書だか辞典の偉い編纂者が間違ってそう書き、後で気付いて訂正したが黙殺され、そのまま定着してしまったらしい」との説をネットで見たが、真偽までは確かめられなかった。

 「最近の言葉使いは…」などと、あまり目クジラを立てないほうがよいのかも知れない。だって、ご存知でしたか? 「とても美しい」「とても上手だ」とかの「とても」も、かつては「とても+(信じられ)ない」というように、もっぱら否定形で使う言葉だったことを。言葉は時代に連れて変化する。だから「全然大丈夫」は「全然大丈夫」なのだ。

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